―テラウチさんは本当に若々しくていらっしゃいますが、なんか秘訣でもあるのでしょうか。すみません、最初っから雑誌と関係ない質問で(笑)
いや~若くはないです。もう56歳ですから。何年か前になりますが、屋久島に撮影で行ったとき、森のなかでへばっちゃって、こりゃヤバイって思って、それから走るようになったんですよ。
それが秘訣といえばそうなのかもしれませんが、専用コーチについてもらってホノルルマラソンに参加したり・・・いまでは体脂肪8%です。
―それはすごい。ストイックなんですね。
いや、走って、飲んでってスタイルですよ(笑)。
いまメジャーリーガーのイチローさんが勧めているジムが池袋にあって、そこはハードなことはしないで肩甲骨を伸ばしたりするところらしく、通おうかと思っているんです。
で、ジムが終わったら飲むと(笑)、そんなスタイルが好きなんですよ。一緒に通いませんか?
―いいですね。もっとも私は飲むくらいしか能のない人間ですが(笑)

編集長が走りながら撮るランナーズ・フォト
“ランナーズ・フォト”というのもやってまして、つまり走りながら写真を撮るんですね。これが楽しい。
フットワーク軽く、独自の目線で自由にいろんな場所に入っていける気軽さも手伝って、僕はいますごく気に入っている撮影スタイルなんですよ。
―そんなテラウチさんが、写真雑誌を創刊されてもう10年ですが、そもそもどういう経緯でこの「ファットフォト」を創刊されたんですか。
僕は日本実業出版社というところで12年サラリーマン編集者をやってたんです。途中から写真部で社カメ(社内カメラマン)やりながら、いろんな外部のカメラマンに仕事を発注する立場になったんですね。
ある時、外部のカメラマンに僕の写真をみせて、冗談で「僕ってプロになれるかなあ」って訊いてみた。その人は普通なら仕事をもらう立場なので僕に気をつかって「いや~お上手ですね~」くらいは言うかと思ったら、「光が見えないうちはプロにはなれませんね」とピシャリ。
僕はこの言葉がショックでね。で、会社を辞めた(笑)。別に辞めなくてもよかったんですよ、好きな仕事でしたから。でもここで何かが吹っ切れたんですね。
―それでフリーになられた。

創刊号はこんなにエキゾチックだった

若いスタッフが元気なオフィス
そうです。それが退社の原因で、それからフリーでやってたのですが、「全体の繁栄なくして個人の繁栄は続かない」とある人から言われて、それがまた自分のなかにひっかかっていた。自分ひとりじゃダメなのかなあと。
そんなときMIT(マサチューセッツ工科大学)の知り合いから講演を頼まれて、しばらく向こうで過ごし、撮影の仕事もして戻ってきたら、なんだか日本の写真をとりまくシーンが暗く感じちゃって。おいおいこれで大丈夫かなと不安になった。
全体がハッピーになれるような、なんかみんなの憧れの場所になるようなものができないだろうかと思ったんです。写真を好きになる若い人たちが増えたらいいな、希望がわくなと。そんな気持ちから誰でも参加できるような写真雑誌を考えたんですよ。
それで、僕は20代のときにプロのカメラマンになりたいと思ったのですが、自分がつくる雑誌のコンセプトはそのときの自分に向けてメッセージにしようと。
いわゆるカメラ誌はやるつもりなかったんです。カメラの技術は教えることができても、人の心をとらえる写真のとり方って誰も教えてくれないんです。でもそんなことが底流に流れている雑誌なら絶対ニーズはあるって思ったんです。
―なるほど。テラウチさんはどんな写真家に影響を受けているんですか。
風景写真の前田信三氏、「ハーパース・バザー」誌で活躍したハーブ・リッツ氏などでしょうか。
作品のインパクトもさることながら、2人とも40歳くらいから写真家として活躍しているんです。だから若い僕がこの世界でやっていくとしてもまだまだ大丈夫なんだって思わせてくれた。
―この雑誌に登場する人たちはどういう基準で選んでいるのですか。飯沢耕太郎さんからみうらじゅんさんまで本当に幅広いですが。
基本は写真が好きな人ですが、キャスティングにこだわっているというわけではないんです。 やはりまずは企画優先で、編集から上がってくる企画をもんで、このテーマだったら誰がよかろうということでお願いするといった流れです。
企画も基本的には編集者からあげてもらうようにして、なるべく僕は口出ししないようにしています。
一時、女性の写真ブームがあって、高校の写真部なんか8割が女性だと言われたりしました。いまは男子が少しずつ戻ってきているらしいですね。女性が参加してくれるとその世界は活気づくのですが、一過性のブームで終わる可能性もある。やはり男子も頑張っていただいて(笑)。
―雑誌名でもある「ファット」って「クール」に近い意味なんですよね。テラウチさんにとってのクールって何でしょう。


オフィスの1階はギャラリーになっている
この雑誌を創刊するころ、アメリカの西海岸のクラブなどで「リスペクト」と「ファット」って言葉が流行っていて、これを頂いちゃおうと。英語で書くと「PHaT」ってなってなんか読みにくい(笑)。でもアメリカなどではこの言葉でかなり伝わる部分がありますね。
で、なんかクールな、かっこいい気分を表現したかったわけなんですが、僕にとってのクールって、おそらくオリジナルを貫いているものと同義なんです。
だから自分で自分の道を切り開いている人はクールであると思っているんです。そんな人や写真や世界を雑誌で表現してきたつもりです。
―「愛とパワーの鉄道写真」(2010年9-10月号)というタイトルにもそのこだわりは感じます。読者にとって人気のあるコンテンツって何ですか。
ファット・フォト・コンテストっていうのをやってるのですが、これは異種格闘技みたいな感じで人気が高いです。自由形式で応募してもらった作品を1ヶ所に集めて審査員が審査、選評します。毎回審査員が3人いて、それぞれが自分の1位を決めるのですが、三者三様意見が違う。
その選評がユニークで、その人たちの意見と自分の意見を重ね合わせながら作品を観ていくと、自ずから写真に対する眼力が身につくんです。これがやはり写真に興味を持つ人たちにとっては一番刺激的だし、参加感もあるし、面白いんではないでしょうか。
ただ審査員全員に共通していえることは「見たこともないオリジナリティある写真が見たい」ということなんですけどね(笑)。
―結構幅広い読者がいらっしゃるんですよね。
8歳から80歳まで(笑)。それだけ写真に対する関心が高いということでしょうか。それにいまはコンパクトカメラをはじめとして、携帯やら何やらで写真に接する機会が多いですよね。誰でもカメラマンになれるわけです。
僕はそんな大衆的なサブカルチャー的なところが好きです。でも、ちゃんとプロが読んでも充分納得してもらえる内容を入れこんでいます。山の頂を高くするためには裾野を広げなければなりません。でも裾野を広げるだけではまた山は高くなりませんからね。
洗濯って誰でもできますが、じゃあクリーニング屋さんがなくなるのかっていったらなくならない。やはりプロの仕事、餅は餅屋的なところは必要ですね。
―写真家、編集長に加えて経営者でもあるわけで、日々激務ですよね。

社員から職員室と呼ばれている編集長の部屋とデスク
ええ、朝から晩まで働いています(笑)。でも楽しんでやってますよ。時間ができたらいつも新しいことやろうと思っています。
この前、あるボクサーと一緒に15km走ったんです。走り終えてたとき彼はこの15kmはボクシングの12ラウンドを闘うことに似てると言ったんです。最後のほうになると自分との闘いになってきて、そこを制することができれば勝てると。
勝つ人と負ける人の違いって何だろうってよく考えるんです。あるいは売れる人と売れない人の違いといってもいいのですが、僕はそれは、胸の中に「憤り」を持っている人とそうじゃない人の違いかなと思っているんです。
勝つ人って「あそこやばかったね」って言われながらも勝つ。負ける人は「あそこ惜しかったね」って負ける。この違いのなかには、その真ん中に悔しさに対する憤り、悩みを乗り越える力があると思うんです。
「涙の数だけ強くなる~」といった歌もあるじゃないですか。僕はそんな悩みというぶどうを育てて熟成させてこそ、おいしいワインになって帰ってきて人生を豊かにしてくれると思っているんです。
僕がサラリーマンを辞めたのも、ちょっとした憤りがきっかけでしたからね。ですから、その気持ちは自分を奮い立たせるときにはいつも思い出すようにしているんですよ。
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1.BRUTUS(マガジンハウス)
やはり企画がおもしろいです。
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2.Pen(阪急コミュニケーションズ)
好きな企画やおもしろい企画のときに買います。
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3.Safari(日之出出版)
ファッション知るのに一番いい本です。
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4.papyrus(幻冬舎)
昔から好き。じっくり読める内容のものが多くて。
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5.美術手帖(美術出版社)
写真がアートになっている現状をしっかりおさえておかないと。
(2010年9月)
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- なんか来たことがある場所だなと思ったら、そこは京橋の堀内カラーがあった場所でした。近くの出版社に勤務していたころ、何度も写真の現像のお願いに来ていたところです。そこがいまは綺麗なギャラリーに変わり、「ファットフォト」の編集部はその上にありました。写真雑誌の編集部としては、まさにぴったりの場所ですね。
懐かしいなあと思って階段を上り、編集長のテラウチさんからいろいろ話を聞かせていただきました。
それにしてもテラウチさん、とにかく若い。体脂肪8%というのも驚きですが、老けた発言がひとつもありません。私のたるんだお腹やぼけた発言が恥ずかしい。きっといつも楽しいことを考えておられる方なんでしょうね。クリエイティブな人たちに共通するそんなポジティブなオーラを感じる方でした。
引っ越して間がないので、これからは銀座1丁目から8丁目まで1丁目にひとつずつ馴染みの店をつくろうと思ってるんですよ、とうれしそうに語られます。
テラウチさん、かつては銀座滞空時間の長かった私ですので、及ばずながらそのくらいはお手伝いさせていただきますよ(笑)。
インタビュアー:小西克博
大学卒業後に渡欧し編集と広告を学ぶ。共同通信社を経て中央公論社で「GQ」日本版の創刊に参画。 「リクウ」、「カイラス」創刊編集長などを歴任し、富士山マガジンサービス顧問・編集長。著書に「遊覧の極地」など。





