隔週刊 F1マシンコレクション 発売日・バックナンバー

全150件中 136 〜 150 件を表示
■シーズン
フェラーリ126 C2―マリオ・アンドレッティ
1982年、ジル・ビルヌーブとディディエ・ピローニを失ったフェラーリにとってイタリアGPでのマリオ・アンドレッティのポール・ポジション獲得は慰めであった。

■テクノロジー
フェラーリ126 C2
ハーベイ・ポスルスウェイトは1982年、フェラーリのF1史上では初めてとなるモノコック・シャーシの126 C2を設計した。

■レーシングチーム
スクーデリア・フェラーリ
アメリカ市場拡大の重要性を認識していたフェラーリは、他のヨーロッパ勢に先駆けてアメリカ人ドライバーを起用した。

■サーキット
ルーアン・レゼサール(フランス)
1952年から1968年までの間にフランスGP が5回開催された。ダン・ガーニーが得意としたコース。

■ヒストリー
1964年 サーティース、土壇場の逆転で戴冠
ジョン・サーティースが最終戦までもつれ込んだタイトル争いを制し、元2輪選手が初めてF1の世界でもタイトルを獲得した。
■シーズン
マクラーレンMP4-14―ミカ・ハッキネン
前年の世界チャンピオン、ミカ・ハッキネンは1999年シーズン、ミハエル・シューマッハー擁するフェラーリの攻勢にさらされることとなった。

■テクノロジー
マクラーレンMP4-14
1997年にマクラーレンに移籍したデザイナーのエイドリアン・ニューウェイは、1998年のMP4-13を始めとして、機能的なデザインと輝かしい実績で魔術師と呼ばれた。

■レーシングチーム
マクラーレン・メルセデス
ホンダとの提携で黄金期を築いた後、苦境の時期もあったが、マクラーレンはメルセデスのエンジンを獲得して次第に主役の地位を取り戻した。

■サーキット
ヘレス・デ・ラ・フロンテーラ(スペイン)
1986年からの5年間はスペインGP、1994年と1997年はヨーロッパGPが行われたサーキット。セナとマンセル、シューマッハとヴィルヌーブのバトルが記憶に残る。

■ヒストリー
1963年 ロータスのジム・クラークが圧勝
F1世界選手権の黎明期はイタリア勢が圧勝し、ドイツ勢が短期間我が世の春を謳歌した後、イギリス勢の時代が本格的に到来した。
■シーズン
ロータス97T―アイルトン・セナ
アラン・プロストは以前にも増してタイトル獲得に意欲を燃やしていたが、1985年シーズンに最もファンの注目を浴びたのはアイルトン・セナだった。

■テクノロジー
ロータス97T
シンプルかつ精巧な空力方式を採用したロータス97Tは、効率のいい走行性を発揮し、ポルトガルとベルギーではセナが優勝を飾った。

■レーシングチーム
チーム・ロータス
ピーター・ウォーは、創設者の後継者にふさわしいフランス出身のジェラール・ドゥカルージュを技術面のトップに起用、セナの活躍もあって、かつての輝きを取り戻した。

■サーキット
フェニックス・ストリート・サーキット(アメリカ)
市街地の中心の道路沿いに設けられたコースは、長い直線区間や90度のカーブが特徴で、1989~91年の3年間、アメリカグランプリの開催地となった。

■ヒストリー
1962年 紳士の世界チャンピオン、グラハム・ヒル
1962年のシーズンを制したのは、サーキットの外では紳士と呼ばれたBRMのエース・ドライバー、グラハム・ヒルだった。
■シーズン
ホンダRA300―ジョン・サーティース
1967年、ホンダは世界のモータースポーツのビッグネームになるべく全力を尽くした。だが、サーティースの才能がきらめきを見せたものの、結果は期待はずれに終わった。

■テクノロジー
ホンダRA300
RA273からの大きな変更点は、ジョン・サーティースのビジネス・パートナーであるエリック・ブロードレイが製作した新しいアルミニウム製モノコック・シャーシだった。

■レーシングチーム
ホンダF1レーシング
ホンダのレーシングチームは、自動車メーカーになってわずか3年でF1に進出することを決め、短期間で1965年、1967年と2度の優勝を果たした。

■サーキット
ロングビーチ・ストリート・サーキット(アメリカ)
数回のコースレイアウト変更をしながら1976年から1983年まで、アメリカ東GPと共にカリフォルニア州ロングビーチでアメリカ西GPが開催された。

■ヒストリー
1961年 笑わぬチャンピオン、フィル・ヒル
フェラーリ156がシーズンを制したこの年は、アメリカのフィル・ヒルとチームメイトのドイツのウォルフガング・フォン・トリップスの一騎打ちになった。
■シーズン
トールマンTG184―アイルトン・セナ
1984年の雨のモナコGP、TG184でアラン・プロストを追い詰めたセナはF1初優勝を果たすかに見えたが、突然の赤旗中止で叶わず。それがセナ・プロ対決の始まりとなった。

■テクノロジー
トールマンTG184
ロリー・バーン設計のTG184は、ダブル・ウイングによるダウンフォースとグラウンドエフェクトを重視したデザインで、ハートの1.5リッター直列4気筒エンジンを搭載した。

■レーシングチーム
トールマン・グループ・モータースポーツ
F2を制覇したイギリスのトールマンは1981年にF1チャレンジを開始したが、ようやく結果が出始めた頃、すべてをメインスポンサーのベネトンに譲渡することになった。

■サーキット
インテルラゴス(ブラジル)
インテルラゴスとは「湖の間」を意味し、このサンパウロ近郊のふたつの人造湖の間に建設されたサーキットで1973年、F1世界選手権ブラジルGPが初開催された。

■ヒストリー
1960年ブラバムが連覇
ジャック・ブラバムは前年のタイトル獲得がクーパーのマシンのおかげだという大方の見方をくつがえし、1960年も5連勝して実力を証明した。
■シーズン
ティレルP34―ジョディ・シェクター
フェラーリの12気筒エンジンのパワーに対抗するのは容易ではなかった。イギリス勢はありとあらゆることにトライし、ついに6輪車まで登場した。

■テクノロジー
ティレルP34
6輪が設計された主要な目的は、フロントの前面投影面積の縮小、ブレーキ力の増大、ノーズカウルでフロントタイヤを覆い隠すことによる乱気流の抑制などだった。

■レーシングチーム
チーム・ティレル
ジャッキー・スチュワートによる3度の世界タイトルや、デレック・ガードナー考案の6輪車ティレルP34の活躍があったティレルだが、1980年前後から長い低迷期に入った。

■サーキット
インディアナポリス・モーター・スピードウェイ(アメリカ)
1909年に開設された歴史あるサーキットで、収容人数も世界最大級を誇る。F1アメリカは2000年から2007年まで開催された。

■ヒストリー
1959年 リヤ・エンジンの登場
クーパーはエンジンをリヤに搭載、無名に近いオーストラリア人ドライバーのジャック・ブラバムがタイトルを獲得した。
■シーズン
フェラーリSF15-T セバスチャン・ベッテル
2015年もメルセデスの牙城を崩すには至らなかったが、SF15-Tの投入でコンストラクターズ選手権2位、新加入のベッテルがドライバーズ選手権3位に入った。

■テクノロジー
フェラーリSF15-T
1600ccV型6気筒+ターボエンジンにエネルギー回生システム(ERS)の組み合わせが義務づけられた2014年を未勝利で終えたフェラーリは翌年、挽回を期してSF15-Tを投入した。

■レーシングチーム
スクーデリア・フェラーリ
テクニカル・ディレクターだったマウロ・フォルギエリは、1979年から本格的にターボエンジンの開発に着手。実戦投入初年度の81年第6戦モナコGPでジル・ビルヌーブが初勝利を挙げた。

■サーキット
エステルライヒリンク(オーストリア)
1969年に開設されたエステルライヒリンクは1970年からF1も開催され、標高差と高速コーナーが特徴だった。数度の改修を経て、現在はレッドブルリンクと改称されている。

■ヒストリー
1958年 フェラーリのホーソンが世界チャンピオンに
マイク・ホーソンと同じイギリス出身のスターリング・モスの差は1ポイントだったが、その明暗を分けたのはファステストラップの獲得数だった。
■シーズン
ブラバムBT52B―ネルソン・ピケ
ウイングカー禁止の新レギュレーションが施工された1983年、BT52&BT52Bで戦ったブラバムはチーム戦略も功を奏し、ネルソン・ピケにチャンピオンをもたらした。

■テクノロジー
ブラバムBT52B
コンパクトなBMWターボエンジンを搭載したゴードン・マーレイ設計のBT52はシーズン半ばにBT52Bに進化。F1で初めてドライバーズ選手権を制したターボ搭載マシンとなった。

■レーシングチーム
ブラバム( モーター・レーシング・ディベロップメント)
1962年にジャック・ブラバムが立ち上げたブラバムは、1972年にバーニー・エクレストンが引き継いでタイトルを2回獲得するも、1992年には経営上の問題から消滅した。

■サーキット
アデレード・ストリート・サーキット(オーストラリア)
1985年から1995年までオーストラリアGPが行われた市街地サーキット。1996年からはメルボルンのアルバート・パーク・サーキットに移った。

■ヒストリー
1957年 ファンジオが引退
フェラーリからマセラティに移籍したファン・マヌエル・ファンジオは5度目のタイトルを獲得したが、シーズン末にはキャリアに終止符を打った。
■シーズン
ウィリアムズ FW14B―ナイジェル・マンセル
無冠の帝王と言われ続けたマンセルは1990年にウィリアムズに復帰すると、翌1992年にはウィリアムズFW14Bで悲願のチャンピオンに輝いた。

■テクノロジー
ウィリアムズ FW14B
パトリック・ヘッドとエイドリアン・ニューウェイが設計したFW14Bは、1992年のドライバーズとコンストラクターズの2冠を達成した。

■レーシングチーム
ウィリアムズ・グランプリ
1960年代からF1に関わり続けていたフランク・ウィリアムズは、1977年に旧友のパトリック・ヘッドとチームを立ち上げ、80年代にはチャンピオンを獲得するまでに成長させた。

■サーキット
上海インターナショナル・サーキット(中国)
初の中国でのF1開催に向けて新設されたこのサーキットは、ドイツ人建築家のヘルマン・ティルケ設計によるもので、「上」の字を模したレイアウトが特徴だ。

■ヒストリー
1956 年 ファンジオが4 度目のタイトル
前年の事故によりメルセデスがF1を撤退後、フェラーリに移籍したファン・マヌエル・ファンジオが4度目のドライバーズタイトルを獲得した。
■シーズン
フェラーリ312T2―ニキ・ラウダ
1976年シーズンの中盤に大きなアクシデントに見舞われたラウダが、翌年のF1に完全復活した。彼は周囲の嘲笑を一蹴し、自らの能力を見せつけた。

■テクノロジー
フェラーリ312T2
フェラーリ312T2には、1976年初めには前輪を保護するフェアリングがついていたが、FIAから違法と判断され実戦では採用されなかった。

■レーシングチーム
スクーデリア・フェラーリ
フェラーリの長い歴史のなかでも有数の多難の年となった1973年、シーズン終了後に移籍してきたラウダは当初からプロ根性と懸命さを評価されていた。

■サーキット
カタルーニャ・サーキット(スペイン)
モンジュイック・パークの公道を閉鎖して行われた前回のグランプリから16年経過した1991年、F1がバルセロナに戻ってきた。

■ヒストリー
1955年猛威を振るったメルセデス、突然の撤退
スターリング・モスが加入したメルセデスと対等に渡り合えるのはアルベルト・アスカリとランチアしかいなかったが、アスカリが死亡したことで勝負の歴史は変わった。
■シーズン
レッドブルRB9―セバスチャン・ベッテル
エイドリアン・ニューウェイ開発のレッドブルRB9をドライブしたベッテルは、第11戦ベルギーGP以降、9戦連続勝利を記録。4年連続でのワールドチャンピオン獲得という快挙を成し遂げた。

■テクノロジー
レッドブルRB9
エイドリアン・ニューウェイは前年マシンのコンセプトを発展させ、空力特性を極限まで高めた。フロントとリヤのエアロダイナミクスの複雑なバランスが魅力のマシンの誕生だ。

■レーシングチーム
レッドブル・レーシング
2005年にデビューしたレッドブルは、エイドリアン・ニューウェイのテクニカル面の貢献もあり、セバスチャン・ベッテルを擁してワールドタイトルを4回獲得した。

■サーキット
ハンガロリンク(ハンガリー)
東西冷戦時代であった1986年8月、東欧初のF1レースが開催されたハンガロリンクは一度も途絶えることなく現在まで続いている。

■ヒストリー
1954年メルセデス、復帰の凱旋
グランプリレースに再度参戦したメルセデスが無敵であることを証明。1951年にワールドチャンピオンに輝いていたファン・マヌエル・ファンジオも、再び頂点に立った。
■シーズン
ベネトンB194―ミハエル・シューマッハ
最速の英雄アイルトン・セナ亡き後、シーズンで初タイトルを奪ったのはミハエル・シューマッハ。若き天才は、やがてセナをも超える存在に成長していく

■テクノロジー
ベネトンB194
1994年(3.5リッター・エンジン搭載のF1マシンの最終年)に電子制御デバイスが禁止されたが、シンプルかつ非常に合理的で効率がよいベネトンB194には有利に働いた。

■レーシングチーム
ベネトン・フォーミュラ
1986年にトールマンを買収して始まったベネトン・フォーミュラの歴史は、ミハエル・シューマッハの活躍で頂点に達することになった。

■サーキット
ホッケンハイムリンク(ドイツ)
ニュルブルクリンクと並ぶドイツの古参サーキット。2002年にレイアウトを一新し、2008年以降のドイツGPは両サーキットで交互に開催されるようになった。

■ヒストリー
1953年フェラーリの独壇場
フェラーリ500F2はF1黎明期を代表する完成度の高いマシンで、アルベルト・アスカリとのコンビは1953年に6勝した。抵抗できたのはファンジオのマセラティだけだった。
■シーズン
ウィリアムズFW15C―アラン・プロスト
「プロフェッサー」の異名をとったアラン・プロストは、エイドリアン・ニューウェイがデザインしたウィリアムズ・ルノーに乗るために、1年間の休養をとった。

■テクノロジー
ウィリアムズFW15C
ウィリアムズFW15Cのアクティブ・サスペンションは、高度な電子制御装置のおかげで、空力面での性能を100%発揮できた。

■レーシングチーム
ウィリアムズ・グランプリ・エンジニアリング
ほんの一時期ドライバーを務めたフランク・ウィリアムズは、レーシングマネジャーとして長い経歴を紡ぐことになる。だが、成功までの道のりは長く困難を極めた。

■サーキット
ニュルブルクリンク(ドイツ)
ニュルブルクリンク・サーキット“ノルドシュライフェ”は、勇壮なバトルの場だった。ニキ・ラウダが九死に一生を得たアクシデントも、このサーキットでの出来事だ。

■ヒストリー
1952年「跳ね馬」神話の誕生
アルファ・ロメオがレースを撤退し、空いた王座には当然のようにフェラーリが座った。彼らはフェラーリ500F2が無敵のクルマであることを証明した。

■今号のコレクション
WILLIAMS FW15C ウィリアムズFW15C―アラン・プロスト
■シーズン
ロータス99T-中嶋悟
1987年、4人のスタードライバーがエキサイティングなレースを競うなかで、日本人ドライバーの中嶋悟はセナのチームメイトとしてF1デビューを果たした。

■テクノロジー
ロータス99T
99Tは、1983年からロータスが使用していたルノーV6ターボにかわりホンダV6ターボを搭載。このマシンの真の秘密は電子制御のサスペンションシステムにあった。

■レーシングチーム
チーム・ロータス
1986年以降、チーム・ロータスはアイルトン・セナに全面的に傾注した。チームメイトは、イギリスの准男爵ジョニー・ダンフリーズ、中嶋悟だった。

■サーキット
鈴鹿サーキット(日本)
世界選手権のサーキットのなかでも個性にあふれた魅力的な構成の鈴鹿サーキットは、シーズン終盤を彩る日本GPの舞台であり、手に汗握るレースが繰り広げられてきた。

■ヒストリー
1951年アルファ・ロメオ連勝
誕生から2年目を迎えた1951年のF1世界選手権は、アルファ・ロメオとフェラーリによる一騎打ちとなった。タイトル争いは最終レースまでもつれ込んだ。
◆シーズン
マクラーレン ホンダ MP4/4 アイルトン・セナ

◆テクノロジー
マクラーレン ホンダ MP4/4

◆サーキット
シルバーストン(イギリス)

◆レーシングチーム
ブルース・マクラーレン・モーターレーシング

◆ヒストリー
1950年 世界選手権ファーストシーズン

商品情報・内容

■ F1史に輝く歴代の名車が1/43スケール・ダイキャスト製モデルで登場!F1公認!時代・チーム・製造社を横断する、本邦初のコレクションシリーズ!

フェラーリやマクラーレン等、F1コンストラクター(レーシングカーの製造社)の枠を超えて揃えられる、F1マシンのモデルカーとしては初のコレクションシリーズとなります。F1の歴史に名を残す「音速の貴公子アイルトン・セナ」、「プロフェッサーアラン・プロスト」、「日本人初のF1フルタイムドライバー中嶋悟」など、様々なレジェンドたちのマシンを、1/43スケールで精巧に再現。チームの個性が際立つ華やかなカラーリングや、細かなディテールまでこだわったIXO社ダイキャスト製モデルです。モデルはマシン名、ドライバー名の入った専用ケースに入って付属します。

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