DAYS JAPAN(デイズ ジャパン)の編集長インタビュー

編集長プロフィール

デイズジャパン
「DAYS JAPAN」編集長 広河隆一さん

ひろかわりゅういち フォトジャーナリスト。 1943年、中国・天津に生まれる。早稲田大学教育学部卒業後、イスラエルを訪れ、以来、主に中東問題を中心に取材し続ける。
レバノン戦争と虐殺事件に関する報道、チュルノブイリの原発事故の報道などで講談社出版文化賞や土門拳賞など多くの賞を受賞。著書多数。

編集長写真

第24回 DAYS JAPAN(デイズ ジャパン) 編集長 広河隆一さん

ジャーナリズムには「志(こころざし)」が必要です。現場を見たわれわれには、報道し行動する責任があるのです。

―「DAYS JAPAN」が存続の危機を迎えているとのことで、現在定期購読キャンペーンをされています。現状を教えてください。

英語版の「DAYS」。報道されにくい世界のニュースもしっかり読める
英語版の「DAYS」。
報道されにくい世界のニュースもしっかり読める

Fujisan.co.jpさんのおかげで定期購読読者が増えたことは間違いないのですが、ちょっと誤解をされている方もいらっしゃったので、私からの説明はブログに書きました(2010年1月17日広河編集長よりhttp://daysjapanblog.seesaa.net/)。
要するに、新規に定期購読をしてくれる人たちが増えても、以前の読者が継続購読してくれないと、厳しい状況は変わらないということです。
広告に頼る雑誌でもありませんから、創刊当初から定期購読が維持できないと存続が難しいと言われ続けてきました。毎号ごとで見ると売り上げは増減しますので、やはり安定した収入になる定期購読が必要不可欠なんです。
でもわれわれはがんばってやってきて、ことし創業6周年を迎えます。それが3月9日です。そのときには、正確な数字も分かります。ですから、その日まではキャンペーン期間ということで、年間定期購読を通常の8700円から1000円引いて7700円で提供することにしています。

―メッセージがたくさんつまった雑誌ですが、広河さんがこの雑誌で伝えたいことはどういうことなのでしょう。

本屋さんからはよく置き場所に苦労するという話を聞きます。ジャンル分けをするとビジネスのジャンルに置かれるようですね。でもこの雑誌のコンセプトはビジネスや写真集ではなく、一言で言うと「ジャーナリズムの大切さ」ということなんです。
報道されにくい社会の諸問題、目をそむけたくなるような現実などをちゃんと見せたいという気持ちからこの雑誌をつくっています。ジャーナリズムがなくなるとこの世で本当に何が起こっているのかが分からなくなる。それは本当に危険なことなんです。
いまもそうですが、被害者側の写真というものがなかなかメディアで取り上げられない。新聞を読まなくなった人たちが見るネットの検索サイトのニュースなども、上のほうにくるのはクリックされやすいニュースばかりです。
ジャーナリズム、とりわけ私の考えるフォトジャーナリズムは、加害者側から見るのではなく被害者側から見るというスタンスです。この立ち位置からものを見るニュースが本当に少ない。こういった少数派のニュースがかき消されることが恐ろしい。
この傾向は戦争報道などではとくに如実に現れます。勝者側からの都合のいい報道ばかりが流される。

―広河さんの代表作ですが、銃口をこちらに向けたイスラエル兵の写真があります。向けられた側から見るという象徴的な写真です。撃たれる危険もある。

創刊号から一貫した姿勢は変わらない
創刊号から一貫した姿勢は変わらない

あれは私に対して銃口を向けるのと同時に、読者に対しても銃口を向けているわけです。向けられた側はどんな気持ちになるでしょう。
あの写真は出会い頭に撮ったものですが、銃を持った兵士にいきなりカメラを向けると撃たれてしまいます。それで命を失った人もたくさんいます。
私はプレスカードをしっかりと見せ、相手に私が兵士でないことを認識させ、カメラのレンズもゆっくり落ち着いて相手に向けて撮りました。そうしないと本当に危険な場面なのです。

―広河さんの考えるフォトジャーナリズムとは何でしょうか。

ボランティアの学生さんが作業のお手伝い
ボランティアの学生さんが作業のお手伝い

報道写真という言葉がありますが、私は自分を報道写真家とは思っていないんですよ。
報道写真家というのは、私の解釈では報道の分野での写真家ということで、それはフォトジャーナリストではない。ジャーナリズムには「志(こころざし)」が必要なんです。
フォトジャーナリストのアイデンティティはまず「志」あるジャーナリストでなければなりません。ですから「DAYS JAPAN」も写真雑誌ではなくそんなフォトジャーナリズムの雑誌なんです。

―「志」ですか。

そうです。たとえば、単にメディアで働くだけの人はジャーナリストではありません。新聞記者すべてがジャーナリストかというとそうではありません。子供のころはジャーナリストになって巨悪を暴いてやるとか、知られざる世界を報道したい、とか「志」をもって憧れるのかもしれませんが、就職のときになるとそんな「志」はどうでしょう。本当は一流の会社に就職することのほうに重きが置かれることが多いんです。
また新聞社の採用側も、ウチに入ったらウチの社の方針に従ってもらわないと困ると言うんです。やたらたてつく新人はいらない。新聞社の新人記者はまず権力側から情報をもらうことからスタートしています。記者クラブやサツ回りなどはいい例です。それではジャーナリストは育たない。
戦争が起こったらどっちから取材するんだ。現場を見たらそれは見た責任があるだろう。その責任に基づいた行動があるだろう。そこがジャーナリストとしての「志」に関わってくるところです。

―いまメディアの世界は大転換期を迎えています。ブログやトゥィッターなどの普及により、ひとりひとりがメディアとして動き出しているとも見れますが。

個人が情報を発信できるようになること自体は素晴らしいことだと思っています。でも、それをジャーナリズムと呼ぶには、責任やクオリティ面において、まだまだ未成熟と言えましょう。
ジャーナリズムの基本は、出会った事件にどう関わっていくかなんです。「見てしまった→どうしよう」といったところが大切で、それが、見たことに対する責任、報じたことに対する責任、につながっていきます。
個々人が発するメディアは手軽ではありましょうが、コンテンツということでは、プロのジャーナリストがつくっているものとは重みが違うということなんです。

―ただ発表できる場所がないと「志」も生かされません。

そうです。フリーランスの人たちが、食うために大手メディアの下請けのような仕事をする現状です。大手が買ってくれそうな写真はたいてい都合のいい写真ばかりです。
またネット社会になると、写真の使用料もタダの場合が多い。これではジャーナリストは育たない。なり手がいなくなる。
でも、それはジャーナリストの危機であると同時に、一般の人すべての危機とも言えるのです。ふつうの人たちが「知る」というチャンスをどんどん失っていく。
やはり国が助成金を出すなどしてジャーナリズムを守らないとダメなのかもしれない。NHKの受信料みたいな感じの助成金にして、われわれの知る権利を守るジャーナリストを育てないとダメになるのかもしれないと思うんです。

―「DAYS JAPAN」は最初、講談社から創刊されて休刊になったものです。それをまた同じ名前で復刊された理由は何なのでしょう。

講談社でこれが創刊された当初、日本の「LIFE」誌にしたいということで、私も私の仲間も参加していました。当初から権力には厳しいスタンスで臨む雑誌でしたので、評価は高かったのですが、やはり潰されてしまいました。
休刊のごたごたが終わったころ、講談社を辞めた元編集長の土屋右一さん、外部のデザイナーだった川島進さん、と私の3人でこの雑誌を出すための会社をつくったのです。それがいまのこの会社です。「DAYS JAPAN」という商標登録もちょうど切れていたので、じゃあこの名前でいこうと。われわれが最初につけた名前でもありましたし。

―いまはどんな人員構成なのですか。

編集部は世界中から届く写真や資料でいっぱいだ。
編集部は世界中から届く写真や資料でいっぱいだ。
取材に出る時間がとれないと嘆く編集長のデスク
取材に出る時間がとれないと嘆く編集長のデスク

社員が5人です。2人が編集、3人が総務、営業、経理、イベントなどの担当です。
そのほかにボランティアの人がいます。学生さんが多いですが、みな一生懸命手伝ってくれています。「志」を感じてくれているのでしょうね。

―「DAYS国際フォトジャーナリズム大賞」について教えてください。

世界中で活躍するフォトジャーナリストのための賞です。いまちょうどそれの締め切りで、世界中から写真が送られてきていますが、レベルの高い賞になっています。
今回は4500点送られてきていて、うち9割が外国から送られてきています。彼らは同じ写真をピューリッツアー賞やワールドプレスフォト賞に応募しているのです。
ですから、うちで落ちてピューリッツアー賞を取った作品もあれば、うちで賞を取ったあとにしばらくしてまたピューリッツアー賞を取るといったケースもありました。いずれにせよ応募作品のクオリティーは非常に高いです。

―広河さんは経営者であると同時に編集長でもあり、また本来のフォトジャーナリストとしての活動もあるわけで、3つも役割をこなすのは大変ではないですか。

おっしゃるとおりでフラストレーションの塊(笑)。
戦争が起こればすぐにでも現場に飛んでいけるのが、本来の仕事のスタイルであるはずなのです。なのに経営も編集もということで、取材にいけない(笑)。
それでも時間を見つけては、去年もガザやチェルノブイリ、ミンダナオ島などに飛びましたが、時間の制約があってじっくり仕事ができない。これはストレスです。
ですから、今回の継続がはっきりしたら、私は経営も編集長も、誰かに任せたい。いろいろその打診もしている最中なんですよ。

―そもそもなぜフォトジャーナリストを目指されたのですか。

これはもう偶然の重なりなんです。学校を卒業して私はイスラエルのキブツで働いた。そこが理想に近い社会だと思ったからなんです。
ところがその畑がパレスチナ人の土地だと分かり、隠された歴史が私の前に現れてきた。そこから始まったんです。誰かについて修行してということではありません。
私の場合、問題があれば99%はまずその場所に立つことを優先します。そして残りの1%でシャッターを切る。これでやってきています。
そしてジャーナリストとして言えば、そういうふうにして切ったシャッターをどんな責任を持って発表するか、ということになるんですね。

―広河さんがすごいと思われるフォトジャーナリストは誰ですか。

ロバート・キャパではなく、私の場合はセバスチャン・サルガドですね。この人は人間の尊厳を大切にする人です。
ですから極貧の人を撮ってもその人が輝いて見える。日本だと沢田教一が、やはり他を圧していると思います。一ノ瀬泰造はちょっと違いますね。

―今後はどういう企画を考えておられますか。

もともと「DAYS JAPAN」の「JAPAN」はどこの国に変わってもいいという気持ちでつくったんです。要は日本発のフォトジャーナリズムがなかったので、それをここで自前でやっていこうということでした。
ですから、その次は日本を離れて、「中国」とか「フランス」とか国ごとに独自に発展していくメディアになればいいなと思っています。写真も共有できるシステムにして。
いまは不定期ですが英語版を出しています。これもしっかり存続させていければと願っています。

編集長の愛読誌

(2009年10月)

取材後記
「決定的瞬間」という言葉があります。アンリ・カルティエ=ブレッソンの有名な言葉で、写真を撮る際の需要なキーワードにもなっています。
銃を向ける人と向けられる人が戦場で対峙する瞬間などは、まさにその時なのでしょう。しかしそんな象徴的な場面には誰もが遭遇できるわけではありません。それに決定的瞬間は待ってても現れません。つねに感動や緊張の出会いをもとめて写真家は旅をするのです。
運良くその決定的瞬間に立会い、撮れたとしても、それだけではフォトジャーナリストの仕事ではないと広河さん言われます。むしろそれからどうするか。その部分が大切なことなんだと。
広河さんのアイデンティティはあくまでジャーナリストです。仕事のクオリティと責任について語るとき、そのスタンスがぶれることはありません。あくまで爆弾を落とされる側からの目線、被害者の立場に立った責任ある報道者という覚悟です。
トゥィッターなどの個人メディアが普及することのメリットを聞いてもみましたが、個人メディアはそのクオリティと責任においてまだまだ未熟であると言われました。
無責任な情報の垂れ流しの予期せぬ危険性を危惧しておられるようでした。
何度も危険な場面に遭遇されていることでしょう。でもそれを感じさせない柔らかな話しぶりのなかに広河さんの誠実な人柄がうかがわれます。
最後に「経営も編集も人に任して自分は早く現場に出たいですよ」と笑いながら語ってくださいましたが、それが本音なんだろうなと思いました。

インタビュアー:小西克博

大学卒業後に渡欧し編集と広告を学ぶ。共同通信社を経て中央公論社で「GQ」日本版の創刊に参画。 「リクウ」、「カイラス」創刊編集長などを歴任し、富士山マガジンサービス顧問・編集長。著書に「遊覧の極地」など。

小西克博写真

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