―児童文学を学ぶ人たちにとっては有名な「ブックバード」誌ですが、そもそもどういう経緯で日本で出版されることになったのですか。

百々さんが編集していた「日月」
「ブックバード」はIBBY(国際児童図書評議会)が発行している機関誌で、われわれはその日本版を3月に創刊しました。もとはと言えば、IBBYの日本支部であるJBBYの理事会に、マイティブックの松井さんから「子どもの本に詰まっている各国の文化や民族の多彩な背景を多くの人に知ってもらうことは、”子どもの本を通じて国際理解”を理念としているIBBYそしてJBBYの重要な役割、これからの国際化社会で生きる子どもたちに必要な情報だ」と出版のオファーがあったのがきっかけです。
そしてそれが了承されて、日本でも出せるようになったのです。「ブックバード」が英語以外の言語で出版されるのは初めてのことで、それだけ期待されているということでしょう。ここで成功すれば、次は中国、韓国など他国それぞれの言語で出版されていくことになるはずです。
松井さんから編集長のお願いという話をいただいたとき、私のようなものに務まるのかと不安でもありましたが、とにかく彼女の情熱に私は動かされ、引き受けさせていただくことになりました。
私はそれまで、「日月」という大学内で児童文学の研究雑誌はつくったことがありましたが、一般の商業誌は初の試みでした。やりがいはあるのですが、難しいことも承知しています。皆さんとともに考えていければと思っています。
―原書になる英語版の「ブックバード」が創刊された背景にはどんなことがあったのですか。

英語版の原書
第二次世界大戦が終わって、もう二度とこのようなことが起きないようにと、各分野からいろんな試みが起こりました。そのなかに、子供たちに心の糧となる本を届けようという試みがありました。イエラ・レップマンという人が始めた運動なのですが、そのネットワークが「ブックバード」の発行母体になるIBBYになり、現在は72カ国が参加する組織になったのです。
レップマンの考えは、物語を通じて異文化に接することで、世界中どこの子供も同じ気持ちが理解できるようになればいいということです。同じように喜び、同じように悲しみ、そんな気持ちを共有できれば、争いごとも少なくなるのではということですね。
―「ブックバード日本版」にはJBBYから予算がつくんですか。

マイティブック代表の松井さんの感動的なデスク周り
いえ、JBBYは人的な協力は大変良くしてくれますが、児童文学の団体とは、なぜかいつの時代も貧乏なものなのです。商業ベースではマイティブックが独自に展開していくことになります。
マイティブックは松井さんが子供の本をつくりたいということで立ち上げた会社で、もともと彼女も大手の出版社で働いていた経験のある人です。 ただ、この手の編集はやはりなかなか大変なようで、そこで私にお声がけいただいたということです。
そういう背景ですので、私も、巻頭に書きましたように、「志高く」をモットーに編集していきたいと思っています。でないと創刊した意味がありませんからね(笑)。
―読者はどういった人たちになるのでしょうか。
まずは専門家、つまり児童文学の研究者やそれに関わっている人たちだろうと思います。それと同時に一般の読者、それも子供がいたり子供が好きだったり、また児童文学の愛好者ですね。子供と教育と国際問題への意識を子どもの本の中で共有できる「共感購入」をしていただける方になると思います。
部数はそれほど多くは刷れませんが、図書館などにも販売していきますし、富士山マガジンサービスさんの定期購読でもお世話になっています。
―創刊されてみて、反響はいかがですか。
おおむねいい評価をいただいています。同時に専門家の方々からは、文字の表記についての指摘を受けたりもしています。とくに創刊号の特集が「アラブの児童文学を考える」でしたから、言葉の日本語表記が難しかったですね。
でもアラブ世界は物語の宝庫なんです。最初にアラブ世界をやったのは、とくに狙いがあったわけではなく、たまたまそのときの英語版がそうだったということだけなのですが。
―私も巻頭のイブディサム・バラカトさんの「哀悼の40日」を読んで、父から子へ受け継がれる物語の濃厚さに、涙が出そうになりました。

イブティサム・バカルトのエッセイと著書
深いし、すばらしいものが多いんです。それにヨーロッパ、中国に影響を与えたり、与えられたり。そんなことも新しい発見として読んでもらえたらうれしいですね。
物語って唯一人間だけが語り継ぐことのできるもので、とくに神話や伝承文学というのは、長い歴史を生き延びながら受け継がれてきたもので、雄大だし、人間の普遍的なテーマを網羅していますね。人間って昔もいまもそんなに変わらない。悲しいときには泣き、うれしいと喜び、親子の諍いがあったり・・・。
―日本版には編集権というのはどのくらいあるものなのですか。

いくつかの会社が同居するオフィス内に編集部はある

編集部風景。現場を仕切る西川さん
基本的には送られてくる原書をしっかり翻訳して載せるということです。でもデザインを組みかえたり、見出しを読みやすくしたりとかマイナーチャンジはこちらでやります。で、日本のオリジナル編集ページとして、「本のつばさ」というものを巻末に用意しました。創刊号ではブックバードの歴史を島多代JBBY会長に寄稿していただいたり、初の民間人校長である藤原和博さんのインタビューがあったり、東京中野区の啓明小学校の図書館レポートを入れたりしています。
このコーナーは、日本の子供の姿が見える、ということを大切に考えて編集しています。次号では、東京子ども図書館の松岡理事長に寄稿いただき、元NHKアナの山根基世さんにインタビューしています。幼稚園の活動報告などもあります。 同時にこの「本のつばさ」は英語に訳し、有料のweb雑誌 として、世界の皆様に見ていただけるようにもし、7月1日より富士山マガジンサービスで発売を開始していきます。
―子供たちの読者環境はどうですか。ゲームやらマンガやら、いろんな娯楽に囲まれていますから、なかなか本をしっかり読むというのも難しいのではないですか。
よく活字離れといいますが、そうじゃないんです。むしろ、そこまでもいってない、というほうが正しいんです。ビデオやゲームに親しむのと同じように、活字に親しんでくれさえすれば、その楽しさは伝わるはずなんです。でもその活字の楽しさを伝える以前で止まっているのが現状ではないでしょうか。
子供って親が好きなものを自分も好きになる傾向がありますよね。だから、やはりそこは親が意識的に活字の魅力を伝えるようにしてあげないと難しいのでしょう。いったんその魅力に気づいてくれたら、それはビデオやゲームと同じく楽しいものになるはずなんです。
ゲームなどの弊害を説く医者や、風潮を嘆くマスコミも、議論が子供たちそっちのけなんですよ。
私は、地味かもしれないけど、親が子のことを一生懸命考えているんだよ、という働きかけをもっとしなければと思っています。ひとりでも多くの子供が、読書の喜び、物語の楽しさ、それを伝える活字やイラストなどの魅力に気づいてくれることを願って、残りわずかな人生をそれにかけるつもりです(笑)。
―百々さんはいつごろから児童文学の世界に魅かれていったのですか。
子供のころから読書は好きで、アンデルセン、宮沢賢治は大好きでした。たくさん本がある家でしたので、読む本には困りませんでしたが、中学になって斉藤先生という方から、文の書き方、朗読の仕方を教わるなかで、だんだん興味が高まっていきました。 大学は国文科希望でしたが、終戦後でもあったことから英語を学べと言われて英文科に行きました。そこから本格的にその世界に入っていったようです。
でも一番やりたかったのは伝承文学で、いまでも古事記などを読むと、物語が本当に壮大で雄大で、感動してしまいます。
伝承文学や神話は、文部科学省も指導要綱で積極的に取りいれていくことを推奨しています。これらは実はアイデイアの宝庫で、それがアニメやビデオ作品、ゲームなどに生かされているんですよね。そのへんを分かってもらえると、若い人ももっと古い物語との距離が縮まるのではと思っています。
「本のつばさ」では、若い人たちの積極的な投稿も呼びかけていますよ。後日英語に訳したWeb雑誌になりますので、世界に向けた日本の児童文学への意見を発信してもらいたいです。
とにかく、近頃は何でも短期決戦でやらなきゃといった風潮ですが、それではあまりに薄っぺらです。子供はわれわれの未来そのものなんです。その未来をわれわれはちゃんと育てないと。
人間だけが物語を語り受け継いでいける存在なんです。神話や伝承文学がそうであるかのように、ゆっくり長い時間のなかで受け継いだものに学びながらまたそれを次の世代に継承していく。これこそがまさに人間らしいことだと思います。
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1.ナショナル・ジオグラフィック日本版(日経ナショナルジオグラフィック社)
長年愛読しています。父も読んでましたし、アメリカではリビングにあるだけで知的な家庭に見えるところもありました。
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2.日経サイエンス(日経サイエンス)
アメリカなどでは、自宅に地下室があって簡単な実験ができるような人たちが読むイメージ。日本の狭い家では考えられませんが。
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3.東京人(都市出版)
私、江戸っ子でして(笑)、自分の身近なテーマや人物が登場するのでよく読みます。
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4.サライ(小学館)
昔の日本に興味があるので読みます。奈良の特集などは、楽しませていただきました。
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5.日本児童文学(日本児童文学者協会)
仕事柄目を通します。新人もベテランもともに活躍する舞台ですので、この世界の動向なども分かります。
(2010年5月)
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- 宗教学者の中沢新一さんが書かれた本に「アースダイバー」というものがあります。東京の街の下に眠る神話的な世界を浮かび上がらせ、イメージの力によって現代と重ね合わせるような、実に深い示唆に富んだ本で、ベストセラーになりました。
太古の昔から脈々と受け継がれてきた物語は、まさに地下水脈のように、われわれの深い部分を流れ、その流れにわれわれは様々な影響を受けているようです。
わたしも幼少のみぎり、母の白き胸に抱かれながらバルザックを耽溺した記憶が蘇ってきました(嘘)。
百々(モモ)さんは、大学で児童文学を教えておられ、神話や伝承文革のもつ根源的な力を何度も口にされました。これこそが人間を人間たらしめているのだと。だからこそ子供のころにしっかりした物語の読書体験が重要なのだと。
「モモ」という名前で、児童文学者だときくと、これはミヒャエル・エンデの作品かな、と思います。たずねてみるとやはり「モモ」はペンネームでした。時間の余裕を忘れた現代人への警鐘だった「モモ」の物語。百々さんの仕事も「モモ」のそれと重なります。
あ、コンプレックスのかたまりだったアンデルセンの話を聞こうと思って時間切れに。どうも時間に余裕がなくて(笑)。
インタビュアー:小西克博
大学卒業後に渡欧し編集と広告を学ぶ。共同通信社を経て中央公論社で「GQ」日本版の創刊に参画。 「リクウ」、「カイラス」創刊編集長などを歴任し、富士山マガジンサービス顧問・編集長。著書に「遊覧の極地」など。
