Newton(ニュートン)の編集長インタビュー

編集長プロフィール

ニュートンプレス
「Newton(ニュートン)」編集長 水谷仁さん

みずたにひとし 1942年東京都生まれ。東京大学理学系大学院修士課程修了。名古屋大学理学部教授、宇宙科学研究所惑星研究系教授。その間カリフォルニア工科大学、コロラド大学などに客員研究員として滞在する。2005年―現在 科学雑誌「ニュートン」編集長。専門は地球物理、惑星物理学。

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第69回 Newton(ニュートン) 編集長 水谷仁さん

科学の面白さを分かりやすく伝える

―ことしが創刊30周年ということですが、創刊されたときのことをよく覚えています。創刊時と今とでは何か編集方針など変わったところはあるのでしょうか。

ニュートン・プレ創刊号
ニュートン・プレ創刊号
ニュートン創刊号
ニュートン創刊号

いえ、編集方針は「科学の面白さを分かりやすく伝える」ということで変わっていません。スタイルが時代とともに少し変わったかなというくらいです。 ことしが創刊30周年ということで、8月号、9月号で人気の高い宇宙の特集を2回に分けて行いました。

―広い読者を獲得されている雑誌ですが、コアな読者層というとどのあたりになりますか。

読者は小学生から80歳代までと広いのですが、中高生と30~50代と2つのピークがありますね。一時少し低迷していた部数もこのところは安定しています。

―水谷さんは科学者であるわけですが、編集の世界に来られた理由は何ですか。

私は竹内均さんの一番弟子ということでしたから、彼の後釜としてはふさわしいだろうということで(笑)。
科学者っていつも研究費が不足しているので、そのことを文科省や財務省の役人によく知ってもらわないといけないんです。その研究費を獲得するためには、やはり一般の人に科学の面白さ、大切さを理解してもらわないとダメですよね。その意味もあって、科学者にとっても科学啓蒙はとても重要な仕事だと思います。そういう思いもあり、「ニュートン」の編集にたずさわることにしました。

―雑誌ではどういう分野が人気なんでしょうか。

宇宙や地球のことについては昔から読者の反応はいいですよ。最近では比較的、生物学が注目されているようです。DNAやiPS細胞など新しい生物学の話題も読者の関心が高いと思います。科学の趨勢が現れていますね。

―毎回思うのですが、タイトルのインパクトがすごいんですよ。「E=mc2」とか「微分・積分」とか(笑)。こんなタイトルで売れる雑誌って世界探しても日本しかないんじゃないかって。日本人の知的水準の高さというか、ともかく感心させられます。

中国語や韓国語にも翻訳されている
中国語や韓国語にも翻訳されている

そうですね、タイトルにはストレートなものが多いですね。タイトルはたぶんに社長の意向が入っています。確かにおっしゃるように、こういうタイトルで書店で手にとって買って下さる方が多いというのは、日本人の知的水準の高さを表しているのでしょう。時々われわれはモニター会議というものをひらき、読者のかたに集まっていただいていろいろと議論するんです。小中学生も来ますが、よく勉強していますよ。「こんな書き方じゃダメ」「絵がこれじゃダメ、わからない」とか、とにかくスルドイんですよ(笑)。怖い読者ですね。われわれも勉強になります。
それに、まあ、こんなこと言うのはよくないのかもしれませんが、よく出来た、と思える号はやはり売れます(笑)。読者は正直です。

―こどもの理科離れとかも一時問題になりましたが、「ニュートン」があれば大丈夫ですね(笑)。

はい(笑)。子供ってみんな科学好きですよ。不思議なことに対する好奇心というのは誰にでもあって、子供のころは特に旺盛ですからね。
でも学校の先生が忙しすぎて、その好奇心の芽をつんでしまうことがある。花を見ても動物を見ても、何だろう、どうしてこうなるんだろう、って思う気持ちを育ててほしい。そんなもの中高の受験に出ないからいらないじゃ、困りますね(笑)。
「ニュートン」の姿勢は、教えるということをしないってことなんです。教えるってスタンスでやると、どうしても教科書的になってしまいますね。そうではなく、不思議なものがあれば、こんな面白いものがあるんだけど、といった形で皆に投げかけて展開していく。
そこに読者が魅力を感じてくれる。
小学校の理科もそうであればいいんです。授業の時間が短いからあまり長くは引っ張れないけど、でも短絡的に答えを出すのではなく、不思議だなあ、じゃあそれを調べてみよう、それをいじってみようか、といった問いの投げかけがもっと欲しいですね。
私は理科の先生が「ニュートン」をもっと読んでくれたらいいと思います。われわれがやっているような、教科書的ではない方法をうまく授業に取り入れてもらえたらと思っています。

―男性読者が多そうですね。

そうなんです。女性が少ない。本当はもっと女性に読んでもらいたいですよね。お母さんに読んでもらいたい。これからの科学技術は女性の手になるものが増えてきますよ。原発、エネルギー、環境・・・これらを選択しプロジェクトを推進していくとき、政治や行政を動かしていけるのは女性のパワーですし、子供に教え、未来をつくっていくのは母親の力です。
的確な技術的、科学的な知識を女性、母親がもってくれたらと思い、彼女たちに向けて分かりやすい言葉で伝える努力は日々行っています。
それに医学、栄養素、健康といった女性に関心が高いテーマも取り上げるようにしています。

―今回「雑誌大賞準グランプリ」に輝いたのは6月号で「福島原発 超巨大地震」でした。
震災を受けて、時間のないなかでつくられたことと思いますが、非常にわかりやすく、よく出来ていますね。

これは未曾有の大災害でした。避けて通るわけにはいかない問題で、5月号のシメキリはすぎていたのですがそこでまず短報を入れ、次号の6月号で原発も含めた特集を組みました。お蔭様で評判はよく、売れた号になりました。
われわれはずっと地球サイエンスをやってきて、地震予知は不可能だから防災に力を入れるべしと言ってきたのですが、それにしても東北地方でマグニチュード9の地震が起こるというのはまったく想定外でした。
これはいったいどういう自然現象なのか、ということをまず知らせよう。それと原発ですが、このメカニズムもあまり知られていなかった。昔「ニュートン」で特集したものがあったので、それをもとに新しく見直し、どこに問題があったのかを提示する、ということに努めました。

―編集部は何人くらいですか。ほとんど社内でつくっておられるのですか。

研究室を思わせる個室にある編集長デスク
研究室を思わせる個室にある編集長デスク
本棚には古い資料などがぎっしり
本棚には古い資料などがぎっしり

編集部は20人くらいです。自分たちで企画し、専門家のところへ取材に行っては自分たちで書きます。イラストもそうです。社内でほとんどつくります。相当専門的なことを分かりやすく伝えなければならないので、そこが難しいところですが、長年の蓄積がありますからね。

―編集者はやはり理科系の人ですか。

そうですね。昔は文科系の人もいたようですが、いまはみんな理科系ですね。でも、必ずしも理科系である必要はないと思います。
一般の人に伝えるわけですから、一般の人がわかるように噛み砕いてうまく説明できればいいんです。ですから、理科系の人でもむしろ自分の専門外のものを扱ったほうがいい記事になったりもします。なまじ知っていると、これは常識と思って省いちゃったりして、一般の人に伝わらなかったりしますからね。
言葉ひとつとっても、科学者がイメージしているものと、一般にイメージされているものとはかなり乖離があったりしますからね。そのへんはもう30年やってきているわけですから、ノウハウの蓄積はなされていると思います。

―企画はどんな感じで形になっていくんですか。

だいたい半年くらい前にネタは決めていくんですよ。で、最終的には私と社長を含む企画会議などで判断してGOを出す形です。ネタは個々の編集者が考えて持って提案してくるんです。それに私がいろいろアドバイスしたりする形で進行していきます。

―水谷さんはいつごろから物理の研究者になろうと思われたのですか。

私は高校に入ってから物理が好きになって、大学でも専攻することになったのですが、最初は気象台の観測者になろうと思ってたんですよ。それが、竹内均先生との出会いがあって、お前は地球物理の道に来いと(笑)。それからずっとその道の研究者としてやってきました。
家に帰るのはいつも午前様でしたから、ほとんど研究室にいたような人間です。
なんで学者はそんな遅くまで研究室にいるんだと言われますが、これは研究が進んでくるとそうならざるをえないんです。
自分の選んだ分野の研究を極めてくると、だんだん世界で誰と誰がそこのトップにいるというのが見えてくる。そうするとそのトップ数人で世界一を競うレースのような状態になるんですよ。そうしたら、まだアメリカの誰それは起きて研究してる、ヨーロッパの彼は起きて研究してる、ということになると、自分だけ先には帰れないでしょう(笑)。

―じゃあ今は楽になりましたね。

あの頃と比べたらそうですよ。今はゆっくり出社して8時頃には帰りますから。会社では先ほど申しましたようなことをし、土日は長野に別荘があるので、そこで畑仕事をしています。肉体労働ですからこれも大変ですが、土に触れているとほっとしますね。

―最近凝っておられることなどはありますか。

広重の浮世絵より。確かに月の影が描かれている
広重の浮世絵より。確かに月の影が描かれている

私は趣味といえるほどのものはないんです。読書をしたり山登りをしたりは普通にやりますが、そういうのは趣味とは言えないでしょう。ただこのごろは古い絵に残された町並みを探してその場所に行くというのが楽しみになっています。これは面白いです。
たとえば広重の作品に浅草の芝居小屋やお茶屋のある風景を描いた浮世絵があるのですが、これに中秋の名月が描かれていて、この月の位置から描かれた時間が真夜中0時だと分かるんです。真夜中にもかかわらず、すごい人出で、その人たちの影がくっきり描かれている。これは芝居小屋のある明るいところであるにもかかわらず、江戸の町がいかに暗かったかを証明しているんです。月明かりの人影って最近はほとんど街中では見られないですからね。
そんな風景をときどき探索するのが、まあ楽しみといえば楽しみでしょうか。

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(2011年10月)

取材後記
科学者の話は面白い。編集者になって以来多くの科学者からいろんな話を聞かせていただいてますが、いつも何か発見があるような気がします。たぶんそれは科学者が、自分が普段見ている角度とはまったく違うところから見る視点を与えてくれるからだ、と思うのです。藤原定家の「明月記」に、かに星雲の超新星爆発が書かれていると私に教えてくれたのも科学者でした。
「ところで、中秋の名月はご覧になりました?」と水谷さんに聞かれたので、はい、と答えると、「広重の浮世絵に面白いのがあるんですよ」と見せていただいたのが「猿わか町よるの景」。今でいう浅草6丁目の風景ですが、芝居小屋やお茶屋が軒を連ね、江戸でも賑やかだった場所です。「これ中秋の名月を描いているんですが、月の角度からいうと真夜中零時ころです。でもこんなに人があふれているんですね」。
確かに深夜でも賑わう町の様子が描かれています。でもその人たちにはくっきりとした影も描かれています。月の光による影です。「面白いでしょう。こんなに賑わう場所でも、月で影ができる。江戸の町がいかに暗かったか、これでわかるんですよ」。
単純なことかもしれないけど、こういう視点に気づかせてくれる。これが科学者のすごさなんだと思うんですよ。

インタビュアー:小西克博

大学卒業後に渡欧し編集と広告を学ぶ。共同通信社を経て中央公論社で「GQ」日本版の創刊に参画。 「リクウ」、「カイラス」創刊編集長などを歴任し、富士山マガジンサービス顧問・編集長。著書に「遊覧の極地」など。

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