合気ニュース 発売日・バックナンバー

全27件中 1 〜 15 件を表示
1,257円
●植芝盛平特集 開祖の残した合気道――その技と心
 ・合気道の原点に学ぶ 文:スタンレー・プラニン
 ・「大宇宙が自分にあるということや」合気道開祖・植芝盛平翁 ラジオ会見録
 ・「稽古は調和を図る語り合いの場」 文:西尾昭二合気会師範
 ・「 あくまでも武道としての合気道を」合気会九段 故有川定輝師範会見録
●合気道天道館管長 清水健二会見
●一本足打法の生みの親 荒川博氏に聞く 「野球に活かす合気道」
●合氣万生道 砂泊かん秀が語る 「合気道――霊肉一体に至る行」後編
●特別記事 「異国の地で強さの意味を考える」文:宇城憲治

1,257円
●会見 大東流合気武術 佐川幸義門人 木村達雄(後編)
●「許す武道」への道 西尾昭二 合気会師範に聞く
●夢に向かって自分を変える 宇城憲治氏 生協実践研究会講演
●特集 戦後の合気道復興の原動力(後編)
1,257円
●特別対談 黒田鉄山×宇城憲治
●2003 エキスポレポート
●追悼 有川定輝
1,257円
●特集・その1 『古事記』と植芝先生――阿部醒石師範に聞く
●特集その2 追悼 望月稔師範 「武道と共に歩んだ90年」
●速報 AIKI EXPO 2003
1,257円
求むるは開祖の心――呼吸力
砂泊かん秀 合氣万生道道長に聞く

「求めていくことは自分がそこに達するということですから。ああ、なるほど、先生の書き残されたものはこれだな、というところまで技が達した時、初めて先生の言葉がわかるのです」
 昭和17年に盛平翁に入門し、昭和29年より九州熊本の地で開祖の合氣道の心をてがかりに修行を重ね、ついに合氣の心の体現化にたどりついた砂泊師。「盛平翁を横に置いての技の修行では、翁の言葉を裏付ける道の到達はありえない」と言い切る師に、合氣を求めて歩んだ60年を語ってもらった。


果てしなき合気の道
千田隆三 大東流合気柔術隆道会会長に聞く

 昭和17年皇武会道場前橋支部に入門し、平井稔、大澤喜三郎などから戦前の厳しい合気道を学び、戦後は大東流合気柔術前田武師範に就き、以来大東流の修行を続け合気の道をひたすら歩んできた千田隆三師範。78歳の現在でも、若い弟子たちを相手に合気を掛ける姿にはいささかの衰えもない。"まず触れること、百見は一触にしかず"です、と語る師範の言葉には長年の修行からくる重みを感じさせる。なお師範が語る、戦前盛平翁の前橋支部における演武会の模様は鬼気迫るものがある。


合気道の、社会への実践を目指して
本間学 日本館館長に聞く

 本間師範は1966年、岩間の開祖のもとに入門。1976年、渡米し、以来アメリカで合気道指導の傍ら、ホームレスへの食事提供やモンゴル、ブラジルの孤児救済など、さまざまなボランティア活動を行なう。その破天荒で型にとらわれない師範の生き方は、"稽古着かついで世界に出なさい"と私たちに呼びかける。


合気道と交渉術
ピーター・ゴールズベリ6段に聞く

 ロンドン大学で博士号を修得したゴールズベリ氏は、1980年来日。広島大学で交渉学の講座を担当。合気道の理合いがどう交渉学に活かせるかを語る。また国際合気道連盟の理事を務める氏は、会議、事務折衝における日本人と外国人の交渉の仕方の違いもあげるなど、さまざまな文化間のギャップを述べる。


武術とは己自身を知るための道
佐原文東6段に聞く

 現在、清心館道場長として後進の指導にあたる佐原師範は、武術の理を追求するために、これまで剣、中国武術(太極拳)、禅を修行。会見では氏の修行段階を追いながら、その時々の心境を語っていただいた。また会見前半は、氏が終生の師と仰ぐ、故山口清吾合気会9段の人柄、技、教えについて、熱く語る。


《イベントレポート》
ロシア武術・システマセミナー2003 レポート

本年5月、カナダトロントでシステマ創始者ミカエル・リャブコ氏によるセミナーが行なわれた。これに参加した本誌編集長のレポートを連続写真と共にお送りする。ロシア版"合気"と言われる所以は?…… リャブコ氏のコメントにその鍵が……
システマビデオ


予告!合気エキスポ2003

好評裡におわった昨年の合気エキスポ2002に引き続き、本年9月、アメリカ、ラスベガスにおいて合気エキスポ2003が開催される。参加師範は、井上強一(養神館)、近藤勝之(大東流合気柔術)、宇城憲治(沖縄古伝空手)、黒田鉄山(振武舘)、小林保雄(合気会)、ウラジミール・ワシリエブ(ロシア武術)、今泉鎮夫(真武道会)、本間学(日本館)、池田裕(合気会)の9名。本誌編集長による以上の招待師範の紹介、また各師範方からのエキスポへの期待を語っていただく。


第41回 全日本合気道演武大会

5月24日、日本武道館において開催された恒例の演武大会。本誌ライターによる豊富な写真入りの演武会レポート。

・合気神社大祭 開祖および二代道主慰霊祭レポート 4月29日、茨城県岩間町にて
・小林道場所沢新道場落成式 5月3日、埼玉県所沢市にて
・五十嵐道場二十周年記念祝賀会 5月25日、神奈川県相模原市にて

連載
●「知は、型にあり」 沖縄古伝空手心道流宇城憲治師範による、シリーズ2回目。今回は、型の存在とその重要性、間、条件反射を越えた動き、などについて。
●道歌――合気道の心――37 「天地に気結びなしてなかに立ち心構えは山彦の道」 今回より道歌の解説に加え、道歌を合気道の技で表し、その演武写真を2ページにわたって掲載。
●琢磨会と大東流 27――手甲の離れ  森恕
●大東流合気柔術史初考 19――武田惣角先師の旧大東流の技法体系について――その4 高橋賢
●合気道練成の視角 29 開祖の霊示――「出よ!」と叫ぶ霊体――  野中日文
●随縁逍遥 21 「無病の本の身となる也」 甲野善紀
●佐々木説法シリーズ 22 講談・「山岡鉄舟」 佐々木の将人
●柔術万華鏡 21 クレージーレッグ/指先確認/胸蹴 黒田鉄山

技術講座
●口伝シリーズ 岩間に伝わる開祖の合気道 � 「敵の腕を刀と心得て動作するを要す」四方投げ 斉藤仁弘6段
●養神館合気道入門 最終回 座り両手持ち呼吸法(1) 
1,257円
【特別会見】入身一足
―勝負は触れ合う前に決まっている―
「合気道が真の武道であるために」 西尾昭二師範に聞く

「大先生は触れ合う前に勝負は決まっている、とよく言われました。やはり合気道は、その時すでに相手を的確にとらえる、相手の攻撃を食らわない位置にはいってなきゃいけないんです」「触れ合う時には大先生の体も手の位置もすでに入身に変わっているんです。すでにやられているんですね。」

本誌では、合気道の可能性の実現をテーマに、原点である盛平翁に戻ることを提唱していますが、今号では、すでに20数年前より、合気道から武道性が失われる傾向に危機感を抱き、合気道を真の武道としてとらえることを強調している合気道家・西尾昭二師範にお話を伺いました。本誌編集長との会見を通じ、師範の合気道への思い、その剣、杖へ通じる"当て""入身一足"の理念の奥深さを浮き彫りにし、あらためて「武道・合気道」についての問いを読者に提供したいと考えます。


宇城憲治師範 出版記念実演会開催

新刊『武術空手への道』出版記念実演会が、去る3月9日、本誌主催により新宿野口英世記念会館にて開催されました。第一部の宇城氏の講演会の模様と、第二部の、熱気あふれる一触実演会の模様を写真中心にレポートしました。
【新連載】「知は、型にあり」
文:沖縄古伝空手心道流 宇城憲治
「身体脳で捉える真の調和・融合とは」


エッセイ「武道指導と守破離」 高村幸義

高村氏(1928~2000)は、神道楊心流柔術を修め、長年アメリカでその指導にあたってきました。その鋭い武術的視点に大反響のあった会見(合気ニュース121、122号)に引き続き、氏が門人のために書き残した、この『守破離』は、学ぶ側はもちろん、指導する側にとっての心構えを説いたユニークな武道論です。氏が語る武術の型の本来の意義、守破離を通しての弟子と師のあり方に対する見解は、"生きている武術の修行と指導"に立ち返る重要性を、修行生、指導者、双方に気付かせてくれるものと信じます。


ロシア武術・『システマ』と合気道 文:スタンレー・プラニン

 今号で紹介するロシア武術・システマは、日本の読者にはなじみのない武術ですが、近年北アメリカとカナダにおいて護身武術として武道界、格闘界で注目をあびています。現在のシステマ術技の原型は、元ロシア陸軍大佐のミカエル・リャブコ氏が10代の頃にスターリンのSPからシステマの元となる術技を学び、その後自身の特殊部隊の体験技術とあわせて完成させました。
 そのルーツは機密上明らかにされていない部分は多いのですが、その理念と術技に限りなく合気道に通ずる側面を見出した本誌編集長が、自ら体験取材をしてレポートしたものが本稿です。本年9月に行なわれるエキスポ2003への招待へつながる編集長のシステマ観を紹介いたします。
■システマビデオ


海外師範会見 その1
「良き師であるために――望月稔先生から学んだこと」
パトリック・オージェー養正館7段

「良き指導者になるためには4つの条件があると思います。器の大きさ、弟子のレベルにあわせてコミュニケーションができること、指導を実際にできること、指導と教えにそった生き方ができること」「豊かな大地に良い種をまき、心をかけて育てれば良い木が育ちます。このことは指導者として心得ておくべきことです。その点、望月先生は豊かな大地であり優れた指導者だと思います」

30年前に来日し7年間を望月稔師範の下で内弟子としてすごしたオージェー氏は、師範を武道の師としてだけでなく、人生の師とあおぐ。現在はカナダ、アメリカで大勢の弟子を指導する氏ですが、その脳裏には今も理想の指導者として望月師範の姿があります。


海外師範会見 その2
「人と分かち合える心を合気道に学ぶ」
池田裕7段に聞く

1976年、渡米。以来米国で指導を行なっている池田師範。一方、自分の納得する合気道指導を行なうためには経済的支えが必要と、1980年、武道具製造販売会社「武人」を発足させる。師範が師と仰ぐ五月女貢、黒岩洋志雄師範のこと、合気道を指導する者としての心構えなどについてお話をうかがいました。

「稽古では技の向上はもちろんですが、人間関係を大切にすることを強調しています。人と分かちあえる心を合気道の稽古から見つけてくれれば最良と思っています」


特別手記 『抽象から具象の世界へ』
 アーティスト/武道家 渡邊曙光

画家渡邊曙光氏は、1978年合気道を始める。絵画と合気道を合体させたアイキアートを提唱、パリで活躍の後、帰国。アトリエ道場「猿田彦」で合気道および藝術活動を行なっていたが、昨年総合芸術としての道場「猿田彦」をインドネシアに設立。今回はそのインドネシア道場設立をめぐってお話をうかがいました。


会見 中川千恵美4段 『合気の技、追求の日々』

山梨養神館・竹野高文師範のもとで内弟子として修行、竹野師範の無くてはならない受けとして活躍する中川4段にお話をうかがいました。

"形だけの技は絶対やりたくない、相手を崩し、実際に効く技をやりたい""女性の技は効かないということはないと確信しています。それは、合気道の技自体、非力な者、小さい者に、より有利であるからです"


「合気への終わらない旅」
 映画『AIKI』のモデルとなったオーレ・キングストン・ジャンセン氏に聞く

28年前、自動車事故にあったオーレ少年は下半身不随となり、以来車椅子の生活を余儀なくされる。しかし、そんな不幸にもめげることなく、大東流六方会に入門し、4段をおさめるまでになった――昨年、オーレ氏をモデルとした映画『Aiki』が封切られ話題を呼びましたが、来日した氏にうかがったお話しをまとめました。
"車椅子の私が稽古できるのは、合気を信じ直観で技を理解する、自然界の力を信じるのです。このように、実際に受身をとらなくても合気を掴むことができます。"


特別読み物 『清水次郎長伝』
――なぜばくち打ちの清水次郎長が社会事業家に転身したか?
山岡鉄舟とのからみを、エピソードを交えながら面白く書き下ろした"次郎長伝" 島田五郎著

イベントレポート
・外務大臣表彰受賞祝賀会 天道館鏡開き式
・清心館道場開設記念 演武会・祝賀会

技術講座
・口伝シリーズ 岩間に伝わる開祖の合気道� 斉藤仁弘 「腰の動きは両足にあり」
・養神館合気道入門22 「正面打ち小手返し(ニ)」

論説「武道精神の涵養」 編集長スタンレー・プラニン
武道に含まれる二つの武・戦闘術としての武および精神向上のための武について。
"武"を視野にいれた合気道を修得するためには?
"精神向上"としての合気道を修行するためには?
そして、合気道がなぜ現在に必要とされるのか?
以上3点に的をしぼったプラニンン編集長の合気道論。

好評連載 本誌ならではの、会派・流派を越えた豪華な連載執筆陣!
☆阿部醒石 『道歌』
☆高橋賢 大東流合気武術史考
☆甲野善紀 『実用的日本刀の知識』(最終回)
        『随縁逍遥』
☆森恕 『琢磨会と大東流』
☆野中日文 『合気道錬成の視角』
☆佐々木の将人 『佐々木説法シリーズ「なるほど」』
☆黒田鉄山 『柔術万華鏡』
1,257円
【特集】田辺と植芝盛平
   ――植芝盛平の青少年時代――

今回は植芝盛平翁の青少年時代について。生誕の地・和歌山県田辺市を舞台にしてくりひろげられていくさまざまな出来事を述べながら、それらが後の合気道創始にどのような影響をあたえていったかをみていきます。盛平少年の家庭環境(とくに父親の影響)や神社合祀反対運動、そして侠気に富んだ盛平翁の人間性、などなど……子息吉祥丸氏をはじめ盛平翁ゆかりの方々のコメントをもとにした歴史エッセイ。
すでに盛平翁研究では自他共に許す編集長の盛平評伝は、皇武館時代、岩間時代を経て3作目、いよいよ佳境へ。

五味田聖二氏 ほかに現田辺道場道場長の五味田聖二氏会見および廣田善隆氏(田辺市在住の盛平翁の縁者)による談話など。

「大先生が来られるとみんなの前で技をされるでしょ、質問したいのですが、聞きに行くと、『わからんか、そうか!』と言われて、別の技をされるんですよ、ほんまに聞きにくうて(笑)。(略)今日やった技と、明日やるのは、技が変わってなかったら進歩がないと、よく大先生に言われたんですよ。」 五味田聖二会見

「……やったわけですよ。ものの10秒もたなんだ。その10秒の間に3回飛ばされた。『善ぼう、よう考えとけよ、実演ちゅうのはこんなもんや』」 廣田善隆会見

「……盛平は鬱状態に陥っては部屋にとじこもったり祈祷を唱えたりする、このような異常な行動に家族は盛平が気が狂うのではないかと恐れた(略)盛平はエネルギーのはけ口をある政治運動に見いだす。神社合祀反対運動である……」(『田辺と植芝盛平』スタンレー・プラニン)


●対談『武術に戻るこということ』
  宇城憲治×スタンレー・プラニン

前号(134号)掲載の本誌編集長による論説"真の合気道の実現へむけて"は、読者から確かな手応えをいただきました。今回はこの論説を基に「武術に戻る」ことについて、沖縄古伝空手心道流師範宇城憲治氏と本誌編集長による対談。
ますますスポーツ化へ傾いていく現代の武道界への警告、そして武道が本来の姿をとりもどすには、武道人はいかにすべきかについて。
「相手を打ち負かすのではなく、仕手との調和、融合を相手の身体脳に働きかけ相手を成長させる……
相手の打ち込んできたのを躱したり円で捌いたり、これはスポーツです。そうではなく打ち込んできた相手を腑抜けにする、最終的には打ち込んで来る相手に気ではいる、これが武術の段階だと思います」

●シリーズ「私と合気道―4」
 『言葉でなく、行動で納得させる生き方を』
合気道山口養神館館長/富士通商株式会社代表取締役社長
神足隆晴

若くして起業し、合気道の修業と平行して会社経営にたずさわる神足氏は、バリバリの現役営業マンであり、また山口養神館館長でもある合気道人。その両立の秘訣は?
「合気道をやっているから会社が頑張れるというのはありますね。行動で相手を納得させる。相手に感動を与える、これは武道であろうと会社であろうと一緒なんです」

●海外師範会見 2件
(その1)クリント・ジョージ合気会6段
『鋭く、そして自然体で――引土道雄先生から学んだこと』
25年前来日、以降15年間、和歌山県熊野塾の引土道雄師範のもとで修業を重ねたクリント氏の語る合気道とは。
「無心が大事ですね、意識した状態ではあるところでは強いが、弱いところ気付いていない部分がある。頭で考えただけでは本当の技は生まれてきません」
「ヘレナ(モンタナ州)へ帰ってきてからアメリカの生活に慣れるまで2年かかりました、すっかり日本がなじんでいたのですね」

(その2)パット・ヘドリックス合気会6段
『国籍も男女の壁も越えた斉藤先生の合気道』
 24年前、斉藤守弘師範のもとに入門、内弟子生活は通算6年になるというパッとさん。厳しい指導で知られる斉藤師範をして女性として初めて本格的な受けを登用させたことで知られています。「指導は天職」と語るパッとさん、女性として母として、そして合気道人としてその心境を、「女性としても先駆者的な役割を果たしてきたと思います。といって過激なフェミニストではありません、ただただ合気道が好きというだけです。……息子の存在はとても大きなものになっています。母であることと武の道は私にとって同一線上にあるんです」

●千田務養神館道場長に聞く
平成14年6月、養神館本部道場長に就任した千田師範に、その心境、また指導について、語っていただきました。
「基本の姿勢動作のしかた、重心の配分などを重視して指導していきたいと思います……地方では塩田館長ご存命中から"一度も塩田先生にお会いしたことがないが、いつか見てもらう"と考えて、館長の教えとおりに稽古に励んできた道場もあります。それと同様に、今の私も館長は長期出張中という気持ちで、変わらず教えを守っていきたいと思っています」

●イベントレポート
・第41回防衛庁合気道連合会演武大会
・全国学生合気道連盟演武大会
・全日本学生合気道連盟演武大会
・第15回山梨県合気道演武大会
・日本古武道大会
・大宮スポーツ会館三十周年記念フェスティバル

●技術講座
・口伝シリーズ 岩間に伝わる開祖の合気道� 斉藤仁弘 「正面打ち一教」
・養神館合気道入門21 「両手持ち天地投げ(一)」

●本誌ライターによる"コラム"
・私の修業時代� 少林寺拳法 萩原俊次
・私の愛読書� 振武舘 黒田鉄山

●論説
「合気道の可能性をさらに進めて」 編集長スタンレー・プラニン
ご好評をいただいた前回の「真の合気道の実現に向けて」を"さらに進めて"論述。「"武道性"を持った稽古が開祖の言われんとする道へ通ずる」

● 好評連載
☆高橋賢 大東流合気武術史考
☆甲野善紀 『実用的日本刀の知識』
        『随縁逍遥』特別編「桑田真澄投手とのこと」
☆森恕 『琢磨会と大東流』
☆野中日文 『合気道錬成の視角』
☆佐々木将人 『なるほど』
☆黒田鉄山『柔術万華鏡』
1,257円
【特集】禊、書、合気道を語る
    阿部醒石会見 『合気道は小戸の神技』

阿部醒石師範は、20代で禊の道に入り、30代後半に開祖盛平翁に就き合気道を学びました。また書道家として名を成した師範は、晩年の盛平翁に書を教授しています。20年間におよぶ盛平翁との交流から生まれた"阿部師範の世界"、そこから語られる一言一言は、私たちにいろいろな示唆を与えてくれます。
「究極は集中点やな、位置ありて大きさ無きもの、それが点。……それに至るのが禊の行」「心と見えない呼吸、そこに合気道の極意がある」
「先生の書かれるのを横で見とったら、秘密の場所がわかる。その秘密を技でどうとるか……作品ができるやろ、名前を入れることによってできる釣りあいやな、(名前を入れるとき)私をためしはるの、そして『ここか、ここか』と言わはる……そんなにしてね、コツ、急所、隙を教えてくださるわけ」

また特集の後半は、8つの禊の行について師範自らの実演とともに解説していただきました。さらに、盛平翁の書5点と「道歌」の解説も掲載(ちなみに阿部師範は本誌連載『道歌』の執筆者です)。


● 斉藤仁弘氏会見と新技術講座
『さらに深く、さらに高く、岩間の合気道を継承して』

斉藤守弘茨城道場長が亡くなられて5ヶ月、子息仁弘師範から岩間の合気道と内弟子制度をいかに守り、後世に引き継いでいくかについてお聞きしました。
「稽古の内容は父が守ったものを崩すことはできない、さらに深めて高めて……さらに鎮魂帰神法で開祖の言われたことも咀嚼できる人間を作っていきたい」
また本号より仁弘師範による技術講座『岩間に伝わる開祖の技』が始まります。開祖や斉藤守弘師範の口伝をもとに、解説いただきます。今回は半身と構えについて。


● 【グラビア】清水健二師範、外務大臣表彰を受賞

平成14年7月16日、清水健二天道流合気道管長が、長年にわたる海外への合気道普及の功績により、平成14年度外務大臣表彰を受賞した。


● 井上新館長誕生 養神館演武会レポート

『井上強一新館長の素顔に迫る!』
本年6月、井上強一養神館道場長は養神館館長に就任、ざっくばらんに語る井上館長から思いがけない一面が…。

『養神館第47回演武大会』
養神館恒例の演武大会の模様をグラビアと本文合わせて4ページにわたって写真レポート。


● シリーズ「私と合気道―3」 
『開かれた大東流を目指す』 大東流合気柔術無傳塾 飯田宏雄

惣角師の門弟・堀川幸道師に師事、現在は北海道で無傳塾を主宰して大東流の指導を行なっている飯田氏は、日本文化としての武術を学ぶ者としてまた大東流の指導者として、どのようにして武術を後世に伝えていくか、その心構えを語ります。
 「2代目、3代目がいま跡を継ごうとしているわけでしょ、ここで前と同じことをやっていたら、企業でいうところの縮小均衡となっていきますね、そうでなく再生復活させていかなくてはならない。それには、大東流を広く世間に知らせること、そのためには……」
またスキーのインストラクターでもある氏は、
「(スキーの世界では)相当な技術的な論争があったのです。この論争が盛んになって技術が向上しました。こういう論争は大東流を開いていく過程でも必要だと……」
 北の国からの、熱いメッセージです。

● 海外師範からの熱いメッセージ

・フランク・ドーラン 合気会7段
本年のエキスポ参加師範でもあるドーラン氏は、合気道歴40有余年、現在はカリフォルニア合気道ウエスト道場で指導を行なっています。40年前、初めて本部道場を訪れた時の、大先生のこと、先輩弟子たちのこと……、そして話はドーラン氏の合気道観へと進みます。 
「合気道も絵画のようなものだと思います。みなさん、それぞれのスタイル、形で"絵"を描くのです――40年も合気道をやっていると、合気道から得られる悦びは、人との交わりですね」 

・モーリー・ヘール(合気会3段)さんの身体麻痺からの脱出
 今から7年前、モーリー・ヘールさんは自動車事故によって肩から下の身体麻痺に見舞われてしまいました。しかし、彼女は医者の診断にも屈せず、独自のリハビリで2002年の合気エキスポには車椅子で見事に演武を披露しました。そのモーリーさんのリハビリ体験記。「合気道は私のリハビリにとても役立っています。相手から私の体へいろいろな命令をもらうことができるからです。相手のタッチに助けてもらうのです」

・歌田行男 養神館7段
 歌田師範は、30年前渡米、現在はフィラデルフィアに道心館道場を主宰、指導にあたっています。「人生の多くを合気道の世界で生きてきて、合気道で学んだことを人生の糧とすることができました」と語る歌田師範。
 「うちの道場のシンボルマークは"日の出"で三つ波が書いてあるんです。どんなことがあっても毎日波はきますね、また波はどんな大きな石でも砕いてしまう。そういうことで、(マークは)ネバーギブアップを意味しているんです」
 まさに「合気道即人生」を地で行く歌田師範です。


●追悼 斉藤守弘師範 

戦後の岩間道場で兄弟子である斉藤師範から指導を受けた、千葉和雄合気会8段(サンディエゴ在住)の故斉藤守弘師範への追悼文。


●イベントレポート
 ・合気道堀越道場開設
 ・A&P合気道石垣道場30周年記念

● 好評連載
☆宇城憲治『武術空手における融合』――今回は"身体脳"について。
☆高橋賢 大東流合気武術史考
☆甲野善紀 『実用的日本刀の知識』『随縁逍遥』
☆森恕 『琢磨会と大東流』
☆野中日文 『合気道錬成の視角』
☆佐々木将人 『なるほど』
☆黒田鉄山『柔術万華鏡』
☆井上強一 『養神館合気道入門』

● 本誌ライターによるコラム。前号より登場です。
☆「私の修業時代」 全日本空手道剛柔会会長・山口剛史師範
☆「私の愛読書」 山梨養神館・竹野高文師範
☆「石神のイチオシ」 映画『AIKI』

商品情報: an134, A4判 並製 88頁
1,257円
●特集 追悼 斉藤守弘9段 (全15ページ)
岩間の巨星逝く

――去る5月13日、斉藤守弘茨城道場長が亡くなられた。大戦終結前岩間に移住した植芝盛平翁から直々の指導を受けること24年間。盛平翁亡き後は翁直伝の技を忠実に後世に伝えることを使命に、74歳で生涯をとじるまで合気道に捧げたその人生。
また生前、精力的に海外指導を行なった師範には、世界各地にも"岩間の合気道"、師範の指導ぶりを慕う修行生が多い。本特集では、ありし日の斉藤師範の写真とともに、師範とゆかりの方々および海外の稽古生たちの逝去を悼む声を掲載し、生前の師範を偲びたい。


●特集 AIKI EXPO 2002

約一年の準備を経て今年5月に行なわれたラスベガスでのAIKI EXPO 2002。「融合」「交流」を主旨に開催されたこのイベントの3日間にわたるセミナーと2日連続で行なわれた友好演武会の模様を写真中心にレポート。

●特別座談会 『組織、会派の壁を越えて』
エキスポならではの特別企画、合気道養神館・井上強一道場長、大東流合気柔術・近藤勝之本部長、沖縄古伝空手心道流・宇城憲治師範による特別座談会が行なわれた。

■「私にとって、まさにこのセミナーは戦場でした」――近藤勝之
■「ふだん道場で稽古している時にあれほどの緊張感はないですからね」――井上強一
■「エキスポのような組織を乗り越えたプロジェクトが、武道界の水平統合につながっていくんだと思います」――宇城憲治
その他エキスポセミナー師範池田裕、歌田行男各氏のエキスポ参加感想文も掲載。

●シリーズ2 「私と合気道」
 合気会奈良県支部長 合気道七段 窪田育弘氏会見

『合気道で学んだ"同化"ということ』―― 一級建築士として活躍するかたわら、合気道専門道場を二つ持ち多くの弟子の指導に献身する窪田氏の語る"合気道人生"。
「プラスの気があると、いい出会いがありますよ。いい出会いがあるかどうかは本人次第だね。だから、呼吸法でいい気をもち、いい呼吸を練っていくことによっていい出会いができる」


●宇城憲治氏の書き下ろし連載 『武術空手における融合』2回目

「絶対世界に身を置くことでレベルアップをはかり、器をおおきくしていく力が武術、武道には内包されていると考えます」。力を抜くということ、呼吸による無力化、正しい姿勢と体の呼吸等について、宇城師範の理論は展開されていく。


●新連載 『私の愛読書』

武道人の語る"おススメ"の本。取材は本誌ライター。


●新連載 『私の修行時代』

第一回目は、西尾昭二師範


●好評連載

『大東流合気武術史初考』 高橋賢
『柔術万華鏡』 黒田鉄山
『合気道錬成の視角』 野中日文
説法シリーズ『なるほど』 佐々木の将人
『随縁逍遥』 『実用的日本刀の知識』 甲野善紀
『琢磨会と大東流』 森恕
『道歌』 阿部醒石


●第40回全日本合気道演武大会

恒例の合気会主催による武道館にて行なわれた演武大会の模様を豊富な写真でレポート。
1,257円
●特集 皇武館道場時代 第二回

前号に引き続き、本誌編集長の“植芝盛平史”。昭和10年以降、ますます軍部と交流を深めていく盛平。しかしその華やかさとは裏腹に精神武道を唱える盛平の心中には……
第二次大本事件(昭和10年)以降、盛平が昭和17年に岩間に移住するまでの皇武館道場をめぐって起こった様々な出来事を述べた本誌編集長の「合気道史」。

・奥村繁信合気会九段に聞く
当時の弟子・奥村繁信師範の会見も掲載、敗戦を経た戦後の合気道の発展について語る。
 「……スポーツというのはナンバーワンを競いますね。合気道ではナンバーワンではなく、オンリーワンを目指します。つまり1番とかビリとか順序をつけない、みんなオンリーワンなんです」
・戦前の弟子 塩田剛三回想録
塩田剛三師範の皇武館時代の盛平翁の回想記も掲載。
 「(月夜の闇夜、盆地の天辺に来て)みんなで真剣を差すわけです。真っ暗な中を大先生の剣先だけがポッと白く見える。剣風というんですか、ふわっと感じられる……」

●特集 宇城憲治師範実演会開催さる
   相対の世界から絶対の世界へ  

沖縄古伝空手心道流宇城憲治氏の新刊『武術空手の知と実践』の出版記念講演会が、去る2月23日合気ニュース主催で開催された。講演会というより実演会と呼ぶにふさわしい当日の熱気あふれる会の模様を詳しくレポート。

・新連載 武術空手における融合 宇城憲治
好評裏に終わった宇城憲治氏『使えるための型と稽古法』に引き続き、いよいよ新たに書き下ろし連載『武術空手における融合』が始まります。
“真の勝利を得るには相手との融合が必要です。相手との融合とは、相手の動きが見え、同時に相手の動きに合わせることができなければなりません。そのためには「自分の目を鏡とし、相手を写し、額(脳)で見る」ことが必要です” ますます明解に説かれていく宇城武術理論。

● AIKI EXPO 2002 予告

いよいよ5月に迫ったAIKI EXPO in ラスベガス。参加師範のメッセージやプロフィールの紹介、また過去4回の友好演武会のハイライトも。


●新シリーズ 私と合気道

 ビジネス界で活躍している合気道人の語る「私と合気道」。合気道が仕事の上でどう活かされているか、今回は地熱開発事業にかかわる鷹觜守彦6段。地熱開発という仕事柄、地球(ひいては宇宙)を考える機会の多い氏が実感した植芝盛平の宇宙観。盛平合気道を仕事にどのように活かしているかを語る。
 「私は常に社員には気持ちのうえで、合気道的な見方をしているということです。いわば合気道的のシミュレーションんですね……会社も自分だけではできない、みんなにやってもらわないと。そういう点が開祖の言われる『誰かに生かされている』ということになってくるんですね……」

●会見 長谷川弘幸合気道5段に聞く

合気道のほかに極真空手、香取神道流などをはじめ、様々な武道、格闘術を経験した長谷川師範の、“他を活かし、自己を活かす合気道”。
「武道で勝つというのは、殺人ということではなく、活かすということ。そのように体が自然に動くための稽古法は型のなかにある……それがわかってきて本当に合気道にのめりこんで……」

● 小川忠男師範の「合気の世界」 最終回

“合気技は、どんどん掛けられて、体に覚えこますもの”合気の原理はあっても、それを覚えこますのは、体でしかない。


● 天道流合気道 清水健二師範の二人の弟子に聞く  仕事と合気道と

・ダイレクトグループジャパン副社長・雄 ヘンリー・デラトロベ4段
“合気道は今では自分の心と体のバランスをとるのに不可欠な存在”

・広告カメラマン・嶋 勇3段
“合気道も相手にさわった瞬間、この人はどのくらいの受けができるとかわかるには、どんどんやらないとわからない。写真もたくさん摂ってどんどん感性を磨いていくことが大事……”


● イベントレポート

・第14回国際武道文化セミナー 多田宏師範講演 「武道の生き方を現代に活かす 心身統一法」
・天道館鏡開き 清水健二管長演武

●道場見てある記 川崎市役所合気道部

● 好評連載

『大東流合気武術史初考』 高橋賢
甲野善紀 『随縁逍遥』 『実用的日本刀の知識』
黒田鉄山 『柔術万華鏡』
野中日文 『合気道錬成の視角』
『琢磨会に伝わる技法』 森恕
説法シリーズ『なるほど』 佐々木の将人
阿部醒石 『道歌』
1,257円
●特集 皇武館道場時代 第一回
本誌編集長が長年の盛平研究により書き下ろした昭和初期、合気道全盛期の“植芝盛平伝”!

皇武館 道場開き
“昭和7年、綾部(京都)から上京した盛平翁は皇武館道場を若松町に創設。皇武館を本拠として翁の教授活動が開始された。それを助けた内弟子たち。また竹下勇大将の引き立てによって、翁と上層階級の人々との交流が始まり、道場は華やかな雰囲気に包まれていく……そして、第二次大本事件勃発……”
第一回目は皇武館創設から昭和10年の大本事件までの盛平翁の足跡を、井上、望月、鎌田、中倉、などの主だった内弟子たちのコメントをまじえながらたどります。“植芝先生は1回でぱーんと教える。説明はしない。「先生、今の技をもう一度やってください」と言っても、先生は、「いや、さあ、次の技だ」――結局技は、「盗む」わけです”(杉野嘉男師範)
ほかに皇武館道場時代の内弟子・米川成美氏と赤沢善三郎氏による回想記も併載。

●特別会見 現代社会へ生かす武術の知と実践
 宇城憲治 vs スタンレー・プラニン
昨年12月刊行の『武術空手の知と実践』の著者・宇城憲治氏と本誌編集長との会見。宇城氏は武術文化の現代社会へはたす役割について語り、プラニン編集長は2002年、ラスベガスのAIKI EXPOへの思いを語る。
「呼吸」をマスターした人の一人にピアニストのフジ子・ヘミングがいますが、耳が聞こえないときがいちばんピアノが伸びたといいます、それが呼吸……武術でも、相手の事の起こりなどは見えるはずがないのに、見える、それが呼吸なんです。「目は鏡であって、自分の目に相手を写し、額(脳)で見る」というのは座波先生の言葉ですが、これはひとつの勘でもあり、呼吸力でもあるわけです」(宇城)
「原点を忘れてはいけないと思います。合気道の天才性、思想性は現在にあるのではなく盛平先生にあるものだからです……。(エキスポでは)普段別々の組織、会派の先生方が互いの技を見たり話をしたりしてほしい……そういった機会は先生方にとっても絶対にいい刺激になると思うんです」(プラニン)
■宇城憲治著 新刊『武術空手の知と実践』

●会見 清水健二天道流合気道管長に聞く
 ――大先生の教えを天道流に開花させて
植芝盛平翁の最後の内弟子清水管長が語る内弟子の修行時代と盛平翁の思い出の数々、また独立後創始した天道流合気道のこと、2001年12月刊行の初のビデオ『天道』について。
○大先生のこと――僕の前に来られて「がーっ」と癇癪が始まるんですね。こっちはなんだかさっぱりわからない。……それから10分くらいして大先生が私の前に来られて、「さっきはな、神様がわしを怒らせたんじゃよ(笑)」
○天道流合気道のこと――母体は大先生であるけれども、自分の、清水健二の合気道ということで始めました。あくまでも日本の伝統文化として自分の合気道をやっていきたい。
○ビデオ『天道』について――ハウツーものではなく、天道流合気道そのものを映像化できればとの願いがありました。合気道本来の動きである円運動による捌き(技)を収録したつもりです。
■清水健二師範 新刊ビデオ 『天道』

●小川忠男の合気の世界�
大東流の堀川幸道について修行した小川師範がたどりついた合気の世界をさぐるシリーズの2回目。今回は、"構えないで、自然体で…呼吸が楽になれば合気が感得される"を中心に、合気について語る。
「呼吸ができるってことは体がのびのびしている状態なんです。そうすると技は掛かるんです。指1本でも落ちるということはそういうことなんです」
■小川忠男師範 新刊ビデオ 『合気の原理』

●会見 大阪合気会監事・門川繁美師範に聞く
田中万川師範から指導を受け、現在は至誠館道場(大阪)などで指導をする門川師範。
田中師範の「指導することで合気道を学べ」の言葉を胸に日々後進の指導に励む。

●日本合気道協会主催・第4回国際合気道競技大会
舞州アリーナ(大阪)で行なわれた4年に一度の日本合気道協会主催の合気道競技大会の模様を、参加者のコメントや日本合気道協会広報部・小松正治氏の解説をまじえながらお送りする。

訂正■本記事中、以下のように誤りがありました。ここに訂正しお詫びいたします。(編集部)
・41頁 写真左 「古流第三の形、座技突きに対する小手返し」 → 古流護身の形(第三の形)、座技突きに対する小手返し
・41頁 写真中 「演部競技 古流第三の形、座技両手押さえを足すくいで投げ転体」 → 乱取り競技 徒手が前落しで技有りを決める
・41頁 写真右 「徒手が前落しで技を決める」 → 種目別混合団体戦 古流護身の形(第三の形)、徒手立ち技
・42頁 写真上から3番目 「講道館「護身の形」(故富木謙治師範創案)」 → 講道館護身術(故富木謙治師範も創案者として加わる)
・42頁 写真上から4番目 「日本剣道連盟「剣道の形」」 → 日本剣道形、 「取」 → 打太刀、 「受」 → 仕太刀
・42頁 本文右列「剣道的な順突きスタイルが主流」11行目 「「帯から上、肩の線より下」」 → 「帯から上、両脇を結んだ線より下」
・43頁 囲み記事本文右列8行目 「成山哲郎(昭道館館長)」 → 成山哲郎(日本合気道協会師範)


● 合気会本部道場創建70周年記念祝賀会レポート
今から70年前(昭和6年)、植芝盛平翁による合気道創生の舞台となった皇武館道場(本部道場前身)の創建を記念して祝賀会が平成13年10月開催された……
● 合気道自由が丘道場創立40周年記念演武大会レポート
昭和36年、合気会多田宏師範により自由が丘道場(東京)創立。平成13年11月、40周年を記念する演武大会および祝賀会が開催された。
●多彩な内容をほこる連載エッセイ
『大東流合気武術史初考』 高橋賢
甲野善紀 『随縁逍遥』『実用的日本刀の知識』/甲野氏の書籍・ビデオあります。
黒田鉄山 『柔術万華鏡』/『消える動きを求めて』発売中
野中日文 『合気道錬成の視角』/『武道の礼儀作法』 発売中
『琢磨会に伝わる技法』 森恕
佐々木の将人 『なるほど』
阿部醒石 『道歌』
1,257円
●特集 岩間と植芝盛平
合気道開祖・植芝盛平開眼の地・岩間
翁の修業と瞑想の地をさぐる
我々が合気道の発祥地はと聞かれたら、ほとんどが即座に本部道場のある“東京”と答えるだろう。しかし、合気道誕生までの盛平をめぐるさまざまな出来事を注意深く見るならば、東京以外の名が浮かび上がってくる。たとえば、開祖の“実験道場”となった、都会を離れた小さな農村というのはどうだろう?
本特集では、植芝盛平が自分の修行のための道場を建て、また武道の神々をまつった合気神社を建立した岩間町(茨城県)にご案内する。“武産合気”と呼ばれるすばらしい技を開祖が編み出した、戦中戦後のあの岩間時代に、いざ、タイムスリップ! この“武産合気”こそ、現代合気道を開花させた原動力にほかならないのである。
〇岩間――合気道生誕の地  文:スタンレー・プラニン
合気道開祖が誰かということは、合気道の初心者であっても誰でも知っていることですが、開祖がいつ、どこで、どのように合気道を完成していったかを知 る人は少数です。その鍵が、今回の特集の地・岩間です。
戦後、開祖は、表向きは、引退した形で田舎町岩間に暮らしていましたが、実は、この地で、農作業のかたわら合気道の修業にあけくれ、一連の技を整理するなど合気道完成への道を進まれていました。その意味で岩間は戦後の合気道発展に重要な役割を果たした地なのでした。岩間の歴史的重要性をさぐる、本誌編集長のエッセイです。
〇岩間の開祖の技をまもって  斉藤守弘師範会見
昭和21年に植芝盛平翁に入門、それから24年間、盛平翁のそば近くに仕え、翁の合気道完成に多大な貢献を果たした斉藤守弘茨城道場長。開祖の技を忠実に引き継ぎ、その技を消滅させないために茨城県岩間の道場を中心に、また海外諸国でも、後進の指導に余念のない斉藤師範に盛平翁との二人稽古の思い出などお話をうかがいました。
「大先生は待ってられないの。あとからあとから技が湧いてきてね。そして武産合気って言うようになったのです。無限の技を産み出すものだということでね。」「先生と二人っきりの稽古です……一の組太刀。あれは打ち込むだけ、毎日、ふらふらになるまで。……打っていってまた押し返されて、その繰り返しです。」
■斉藤守弘のビデオ「剣と杖の特別講座」、本 「武産合気道」 〇岩間道場設立をめぐって
  戦前の内弟子 赤沢善三郎氏に聞く
戦前、岩間に盛平翁が道場や神社をつくることになった経緯について、戦前の弟子・赤沢善三郎氏にお聞きしました。
「大先生が戸山学校に稽古に行ったとき、これを実即実戦でみんなに教えることができないかということで、野外道場をという話がでたのです。それなら岩間でやったらどうですかということになり、それが私の家に大先生が見えたそもそもの始まりです……」
〇岩間―大先生と過ごした日々  磯山博/島田栄/藤枝一弘
少年期に岩間の植芝盛平翁に入門した合気会師範磯山博八段、茨城県合気道連盟会長・島田栄氏、同連盟理事長・藤枝一弘氏にお話をうかがいました。
百姓仕事を手伝いながら、開祖直々に稽古をつけてもらった岩間の地は、三氏にとってまさに"心のふるさと"です。
「感動したのは初めてお会いしたときです。大先生は、私のような中学1年の子供に対して正座をして挨拶をしてくれたんです。それが今でも目に焼き付いている。当時大先生は64歳だったと思います。ちょうど私の今の年です……」(磯山師範)
〇一を知って十を知る稽古を  斉藤仁弘師範会見
父・斉藤守弘師範とともに岩間道場において後進の指導にあたる斉藤仁弘師範。
「合気道は大量生産は無理、触れて受身を取ったときに初めてわかるもの――」と、自分で感じて身に付けていく大切さを説く師範はまた、「大先生の伝統ある岩間を一日でも長く守っていきたい」と、その抱負を語られています。
「勝手に受身を取ってころがっちゃったりするのは、相手に対して失礼だと怒られましたね。馴れ合いの受身を取れば、技がそこで止まってしまうわけですから。……岩間の稽古法というのは、大先生の言葉で言えば『かっしり持て』。つまり、がっちり持ってから修行するのです……」
〇岩間に伝わる基本技 写真解説
開祖は、つねに体の変更と諸手取り呼吸法から稽古を始め、座り技呼吸法で稽古を終わらせたという。この二つの呼吸法と、開祖がよく「朝から晩まで投げつづけても疲れない」と言われた腰投げ技を紹介する。

●大東流合気柔術小川道場  小川忠男の合気の世界�
“もっと楽に、もっと自然に  体が合気で楽になると、呼吸も楽になる”
大東流合気柔術小川道場、小川忠男師範の合気の世界を紹介するシリーズ。
合気技を学ぶには、まず素直に掛けられることが大切、と小川師範は言う。素直に稽古しその原理を体に覚えこませていく――。その繰り返しが合気の体得につながる、と――
合気道を13年間修行したのち、大東流の堀川幸道について合気技を修行した小川師範がたどりついた世界を、本号より3回にわけてさぐっていく。
「指をすごく使うんですよ、お腹のほうから肘、指先にと呼吸がすーっと通るような感じに。だから体全身が呼吸するような形になるわけです。」「合気というのは相手の力を一瞬にして元に戻してしまう。引きと攻めを一緒にやるんです。手の中の操作、いわば呼吸の操作でもあります……」
■小川忠男のビデオ「詳細 合気の技」 ●新ビデオ「詳細 合気の原理」
●私を育てた京都の合気道
京都府合気道連盟理事 南道雄師範から田中万川師範について、また京都合気道創成期に活躍された先生方についてお話を伺い、さらに南先生ご自身の合気道人生についてお聞きしました。
「私はよく田中万川先生の受けを取らせてもらったのですが、その技は、ビシッと極めるというよりも、指先が自然に伸びた状態で螺旋の渦の中へ巻き込まれるような本当に流れのよい動きでした……」

●琢磨会に伝わる総伝技 �  総伝写真とともに
演武:川辺武史
前号で特集した久琢磨師範によって伝えられた総伝にある技を、今回も引き続き琢磨会の専任指導員・川辺武史師範に演武していただきました。演武写真とともに総伝の写真も紹介しています。
■合気ニュース129号「特集 久琢磨と総伝」
●宇城憲治氏の「使えるための型と稽古法」�
「型から形へもっていくには、工夫、努力が必要なことはもちろんですが、心の覚悟が必要です。中途半端ではだめだということです。一生懸命やるという一時的な精神論的覚悟ではなく、生活の一部とする覚悟が必要です――」
今回は、武術的視点から見た野球を例に、普遍性のある術が、いかに武道以外のスポーツに生かされるかを語る。
■宇城憲治の本「武道の原点」

●大東流合気柔術初考� 高橋賢 ―読者からの反論に答えて その�―
今回は、120号“読者の手紙”に掲載された岡本真、難波誠之両氏による“高橋氏への反論”への回答です。

●第46回養神館 全日本合気道総合演武大会レポート
恒例の写真中心の演武会レポートです。
●道場見てある記
「拓殖大学合気道部」 元気一杯の合気道部を取材しました。
●多彩な内容をほこる連載エッセイ
甲野善紀『随縁逍遥』『実用的日本刀の知識』/甲野氏の書籍、ビデオあります。
黒田鉄山『柔術万華鏡』/『消える動きを求めて』 発売中
野中日文『錬成の視角』/『武道の礼儀作法』 発売中
琢磨会に伝わる技法  森恕
佐々木の将人『なるほど』
阿部醒石『道歌』
1,257円
【残りわずか!】 特別増ページ号!
今回の特集は、『久琢磨と総伝――大阪朝日に伝わる大東流技』です。

●特集 久琢磨と総伝―大阪朝日に伝わる大東流技
惣角から唯一免許皆伝を許された久琢磨。本特集では、その久がまとめた写真集『大東流合気武道伝書全十一巻』に注目します。昭和初期、約6年間にわたり、前半は合気道開祖植芝盛平が、後半は大東流の武田惣角が教授した技が、1500枚余りの写真の形で収められている総伝。合気道、大東流双方にとり、これほど膨大かつ貴重な情報を伝える資料はほかにはありません。本特集では、この総伝の内容について、その歴史的意義、また総伝作成の主役を果たした久琢磨に焦点をあててお送りします。登場いただくのは、久の指示で作られた盛平翁のフィルム『武道』を発見した本誌編集長、総伝を引き継ぐ琢磨会の森恕、久の晩年の弟子・天津裕、久と同じく大阪朝日において惣角から教授を受けた中津平三郎の弟子・千葉紹隆、琢磨会の専任指導員である川辺武史の諸氏。そして最後に総伝技演武を原本(総伝)掲載の写真とともに紹介しました。
○「合気道と大東流史における久琢磨の存在」
  文:スタンレー・プラニン
合気道と大東流合気柔術が歴史を共有していた時期に久琢磨氏がどのような役割を果たしたかについて述べることは非常に困難な作業です。それは久氏と、現代日本武道史における二大武道家・武田惣角と植芝盛平とのつながりの意味するものがほとんど理解されていないからです。そこで、このエッセイではまず、久氏と両師範の関係を明瞭にさせ、その上で久氏がいかに合気道と大東流に貢献したかを今一度振り返ってみようと思います。
合気道史研究家の立場から盛平、惣角の仲介役を果たした久の生涯を語り、彼の柔術史における存在意義を語る。
○「久琢磨より託された総伝技をまもって」
  琢磨会総務長 森恕氏会見
琢磨会を率い、総伝技の研究復元、保存伝達に腐心する総務長、総伝研究の第一人者である総務長のお話は総伝の構成から技にいたるまで微に入り細に入る。
「私らが研究しやってみてわかったのは、植芝先生の旭流の柔術から惣角先生の技に移っていっても境目がぜんぜん気にならないということです。つまり技として同質だということです…」「総伝に載っている植芝先生の技、とくに2〜4巻あたりの技は非常にハイレベルだと思いますよ。やってみて、ああそうか、こういうところに別のコツがあるんだな、ということがあらためてわかる、そういう写真集ですね。」「我々の合気は、受け手側の喪神なんです。受け手が無意識に動く、つまり受け手がどうして動くんだろう、どうして倒れるんだろう、ということをぜんぜん意識しないで動く、そういう状態をつくる受け手の喪神の世界なんです……」
○「戦わずして勝つを糧に」
  大東流合気柔術琢磨会 川辺武史氏会見
大東流の専任指導員として後進の指導にあたる琢磨会川辺武史師範に話をうかがった。
「総伝は見ただけでわかるものではない、実際に稽古をしてこそのもの」。「本当に掛かる、使える技プラスやはり合気というミラクルな、口では説明できない(僕は呼吸と言ってますが)究極へたどりつきたいですね。もっともっと力が抜けるように。……抜きながらなおかつ厳しく本当に実戦に使えるように……。」
○「中津平三郎の残した大東流」
  中津平三郎門人 千葉紹隆氏に聞く
大阪朝日で久と共に惣角より教授を受けた門人の一人中津平三郎、後年四国に渡り大東流の指導を行なう。その門人・千葉紹隆は中津の技を、「畳一枚で勝負をつける技」と語る。
「……極め技、固め技、投げ技から始めるんですが、投げ切るのではなく、叩き込むんです。横に投げるのではなく縦に……、畳一枚で勝負をつける技をやりました。夢を見るくらいに修行したですよ。」
「惣角先生は、人物を見て教えたんです。久先生は相撲の出ですね、中津先生は柔道です。ですから、残心がこのような構え(両手を上にあげる)になってます。これはなぜかというと、相手を足で踏むかなにかして、相手を制しつつ、まだ四方八方に敵があることを仮定した構えなんですね……」
○「朝日の"久さん"との思い出」
  大東流合気柔術琢磨会 天津裕氏会見
大阪朝日の編集局員時代、久琢磨に入門した天津氏、"久さんが先生でなかったらこんなにやりません"の言葉から、先輩後輩として、また師弟としてのこまやかな情愛が伝わってくる。
「僕はね、技が上手だからというんじゃなくて、久先生は昔から新聞記者に、編集局の人に教えたかったんです……久さんは僕に「先生でなく、久さんと呼んでほしい」と言われて……」
「僕は、免許皆伝の技がどんなものか知りたかった。それで、『久さん教えてください』と言ったら、『まだ早い、あと2、3年たったら教えてやる。免許皆伝というのは人に教わってなれるものではない、自分で努力して到達するものだ。おれは免許皆伝の域に達したから、武田先生がその証拠に免許皆伝の技を教えてくれたんだ』と言われました……」
〇琢磨会に伝わる総伝技 写真解説集
本号特集の久琢磨師範によって伝えられた総伝写真集にある技を、琢磨会の専門指導者である川辺武史師範に演武していただきました。総伝写真集に掲載されている写真もとともに総伝技7技を紹介。

●心道流沖縄古伝空手宇城憲治の「使えるための型と稽古法」�
"――絶対的な目標は稽古に自信がもてます。過去を大事にし、今を脱却できないのは深さ(高さ)の世界に気付かないだけだと思います。そこが見えれば、気付けば、今が深さ(高さ)への入り口となり、変化が始まると思います――武術を語りながら処世の心構えを説く宇城氏の世界はいよいよ佳境へ。
(宇城憲治氏著 『武道の原点』)
●富木理論に基づく合気道の原理とは
前号の特集によってあらためて認識したことは、富木師範が、生涯一貫して柔道開祖嘉納治五郎の弟子であったということです。それは、富木師範がいわゆる合気道競技という、体育学的見地から試合を合気道に導入したこと、合気道技を整理分析し体系化するという、作業からもうかがえます。それは、一般の合気道と自ずと異なるのは当然であり、伝統合気道からみれば大いにかけはなれたものであるといえます。しかし技術的な見地からすれば、合気道の原理が富木独自の手法によってたいへんよく整理され、練習方法もきちん体系づけられており、我々に多くの勉強材料を提供しています。
本記事では、成山哲郎師範、小松正治指導員のご協力を得て、まず富木がどのようにして合気道を整理していったか、また技の底に流れる理合いなどを詳しくおうかがいし、さらに稽古法の実際を、演武解説していただきました。
(128号 『富木謙治特集』)
●親英体道道主井上鑑昭の世界――2
 「大自然の動きを武道のなかに」 親英体道代表 油井靖憲
ビデオに次々と映されていく井上鑑昭師の絶妙な体捌きの数々、これらの技に大自然の営みを具現したという師の宇宙観とは……前号に引き続き、親英体道の親和学の世界・技を探る。待望のビデオ『井上鑑昭と親英体道』もまもなく完成!
(ビデオ『井上鑑昭と親英体道』)
●故田中万川と京都の合気道
 京都府合気道連盟 坂根弘基理事長に聞く
京都合気道の発祥の地、頂妙寺道場で合気道を始められ、現在の京都の合気道では最も田中万川先生の身近におられた坂根師範に、故田中万川師範のこと、受け継がれたその技と心についてお話いただきました。
●武田惣角先師の旧大東流技法体系―2  高橋賢
前号(128号)に引き続き、主に久琢磨師編纂の総伝のなかの写真解説資料をつかって、惣角の旧大東流の技法体系を検証します。
●第39会全日本合気道演武大会レポート
恒例の写真中心の演武会レポートです。
●道場見てある記
二つの元気な道場に登場いただきました。「合気道里見八顕会」
「養神館合気道「龍」道場 合気道ファミリークラブ」
●多彩な内容をほこる連載エッセイ
甲野善紀(『随縁逍遥』『実用的日本刀の知識』
 甲野氏の書籍、ビデオあります。
黒田鉄山『柔術万華鏡』
 『消える動きを求めて』 発売中
野中日文『錬成の視角』
 『武道の礼儀作法』 発売中
佐々木の将人『なるほど』
阿部醒石『道歌』
1,257円
●特集� 「競技理論の原点を探る」
まず、富木謙治師範と師の合気道「競技合気道」について22ページにわたり特集しました。合気道開祖・植芝盛平の数ある傑出した弟子たちのなかで、合気道を含む古流柔術を歴史的、教育的面から理論化した業績とその学識において、富木謙治師範の右に出る者はいません。しかし、富木謙治というと、試合をする合気道、いわゆる「競技合気道」を創始した人として知られ、合気道への試合導入に批判的な一般の合気道界では、富木師範がなぜ、どのような考え、志をもって試合導入にふみきったのか、そしてその内容はどのようなものなのかは、ほとんど表面的にしか理解されていないのが現状です。
今回本誌では、その、「なぜ」をくわしく考察し、またその内容である「乱取について」その「稽古体系」などを紹介しています。富木師範の合気道への深い思いを知れば、試合の是非のみでなく、合気道における様々な問題点について、より建設的な思考ができるのではないか、と期待しています。
〇"第二の嘉納治五郎" 文:スタンレー・プラニン
「合気道面からのみ富木という人物を見ると、彼の背景にある柔道の存在を忘れがちである……彼はやはり"柔道家"なのである」 「植芝は武道を宗教的な観点からとらえたが、富木は、自己啓発と体育のための手段とみなした」
富木師範は、合気道開祖・植芝盛平の戦前の弟子ですが、もともとは柔道創始者嘉納治五郎の弟子でした。富木師範がどのような経緯で合気道への試合導入にいたったか、本誌編集長がその足跡をおいながら考察しています。
〇「合気道と柔道」 富木謙治講義録
「……植芝先生による合気の技の進み方に非常に教えられるものがあります。けれども先生の神韻微妙な進み方は我々後輩の到底追随をゆるさないところでありまして……私は植芝先生によって示された技を嘉納先生によって教えられた科学的原理と教育法をもって誰にも習いよくしたいと……」
この講義録は、昭和25年、富木師範が、植芝道場で師範として活躍している頃に書かれたものです。当時、富木師範は、まだ具体的な合気道の乱取法の研究にまでいたっていませんが、この論文から、嘉納治五郎の科学的原理と教育理論をもって、植芝盛平の合気道技の体系化をめざしはじめた師範の姿が読み取れます。
〇合気道競技の練習体系
 じつによく整理された合気道競技の稽古体系を紹介。成山師範による合気道競技とその稽古法についての実演中心の解説は、まさに富木合気道に対する認識を一新するものです。
〇富木謙治先生と競技合気道 昭道館 成山哲郎師範に聞く
「講道館では"柔道から合気道に行った人、合気道では"柔道をやる富木"ということで四面楚歌で困ったという話を私になさったことがあります」 「……あまりしゃべらない先生でした。半眼でじっと見てね、先輩方がピリピリしてるような雰囲気で……」 「形と乱取は両輪のごとく、とおっしゃったですね。どっちの歯車が狂ってもまっすぐには進めない、と……」日本合気道協会師範として昭道館(日本合気道協会中央道場)を中心に世界的に活躍する成山哲郎師範。会見では、指導を受けた富木謙治師範のこと、競技合気道の今後の抱負についてお聞きしました。
〇対論 なぜ合気道に試合が必要か
 志々田文明 vs スタンレー・プラニン
「乱取、試合の効用というのは、自分をはかること、つまり自分を映す鏡なんですよ。そういうふうに自分を常に謙虚にさせてくれるものなんです」(志々田文明) / 「試合の時代が終わって、若くないから、競争できない。だから人を教える立場になる。それで満足できるかどうか。常に自分をレベルアップするために何をすべきかと考えることは、大事だと思いますよ」(スタンレー・プラニン)
 日本合気道協会の師範・早稲田大学教授である志々田文明氏と本誌編集長との、合気道競技の是非について忌憚のない対論が繰り広げられます!

●特集� 戦後の合気道復興の推進役 養神館
 植芝盛平の弟子のなかでもそのシャープで剛胆な技で知られた塩田剛三。戦後の混乱期にあって、日本鋼管での指導を行なうなど、いち早く合気道復興、普及の道を拓きました。当時はなばなしく活躍する塩田剛三を支え、養神館設立への道を切り拓いた寺田精之(現養神館最高師範)、松尾忠敬(現合気道興武館館長)にスポット当てました。最初の養神館道場・筑土八幡道場時代の話を筑土会会長の吉成公男氏にもうかがいました。
〇寺田精之 養神会最高師範に聞く
 「(道場を作ってやるという話を館長にすると)…すごく喜んでね。早く早くと子供のようにけしかける。せっかちなんですね。やるとなったらすぐやりたい (笑)」「館長はその頃すごい受けをやっていましたよ。『あまりはりきるな』と盛平先生が叱るんですよ。怪我するぞ、と」「…次の審査の時、今度は免状は俺が出すと……独立したというより、自然離反状態だったと思いますよ」
〇松尾忠敬 合気道興武館館長に聞く
 「塩田先輩のコネで日本鋼管の指導が4ヵ所同時にはじまった。一カ所2回やると8回ですよ。ほとんど毎日ですよ……寺田先輩と二人で毎日回るわけです」「寺田先生と私が話しに話し合って、養神館の昇級技、昇段技は決めたんですよ。それが現代の養神館の元になっていますね」「当時居合刀がなくて、塩田先生に僕が斬りかかっていく刀は本物でした。打っていく僕も塩田先生も緊張しましたね」
〇吉成公男筑土会会長
「その頃は、養神館のほうが植芝道場より勢いがあったんですね。研修生が育ってきたり、宣伝活動をしたり、演武会をやったりと……塩田館長がなにからなにまで一人で活躍したというような時代でしたね。…その演武はまさに神秘的でした」「寺田先生の技ははでなところはありませんが、技をやられるとぴたっと急所にはまり、動かせない状態になる…コンピューターつきの万力みたいな感じでした」

●親英体道道主井上鑑昭の世界� 雷撃電飛の技
「井上先生の演武というのは非常にすがすがしくて美的なんです」「井上先生の世界というのは『八百長に見えれば、まあまあ。いかにも本物に見えれば偽者』と…」「親英体道には受け身がないんです……受けたら駄目なんです。受けるのではなく入身なんです……」
本誌では、今春井上鑑昭師のビデオ(60歳代から70歳代の貴重な演武の数々)を制作予定。師の演ずる技の一つひとつが平法学、大本教、親和学に由来することを理解してもらうために本記事を企画。記事作成にあたっては、親英体道代表油井靖憲氏、および井上師の甥・井上誠之助氏のご協力をいただいた。
●武田惣角先師の旧大東流の技法体系について  高橋賢
好評連載『大東流合気武術史初考』シリーズ。一ヶ条の技法構成について、一ヶ条より四ヶ条の逆極技の実際、大東流の階層構造について、整然とした体系のなかった六ヶ条以上――秘伝奥儀など、大東流研究の第一歩である武田先師の旧大東流技法体系について検証する。
●好評連載「使えるための型と稽古法」 
沖縄古伝空手心道流 宇城憲治
――昨日できなかったことが、今日できる。今日できなかったことが明日はできるかもしれない。その"できた"時、その変化成長が感動であり、悟りだと思います――武術、武道における修業のあり方を根本的に問い直す作業に私たちを導いてくれる宇城氏。今回は、「事」(技)と「理」(理合い)が一致すること、すなわち「事理一致」が、いかに武道、武術において重要であるか、また上達のための論理と上達のための稽古法が具体的に語られていきます。
●道場見てある記 「徳島文理大学合気道部」
学生自らの手で師範交代を行ない、純粋に合気道修業にうちこむ情熱溢れる学生の皆さんにお話をうかがいました。
好評連載 豪華な執筆陣!!
・佐々木説法シリーズ「なるほど」 佐々木の将人
・随縁逍遥 甲野善紀 (稽古日誌)
・実用的日本刀の知識 甲野善紀(実用的な刀装の造り方)
・柔術万華鏡 黒田鉄山(柔術について語る)
・合気道 錬成の視角 野中日文
・道歌 阿部醒石
・琢磨会に伝わる技法 森恕(合気と拍子について)
ほか
1,257円
●“自他共に己を研く砥石となれ”
 合気会本部師範 市橋紀彦八段会見
市橋師範は、高校3年の時合気会本部道場に入門、以来40年以上本部道場で主に前道主植芝吉祥丸氏のもとで修行され、現在は本部道場で後進の育成に当たっています。開祖を知る最後の世代の一人である師範は、開祖を次元の違う悟りの世界の人とみなす一方、そこに少しでも近づくためには、ただガツガツやるのではなく、動き、技を練ること、お互いに相手の砥石となる気持ちで修行に臨むことが大事だと力説。
また技についてもご自分の経験談を交えながら、基本の大事さ、流れのなかの動きなど、具体的な例をあげながら語っています。
●合気修錬道場長 河辺茂七段
  “人生にプラスになる合気道を” 
河辺師範は現在秋田市にて合気修錬道場長として後進の指導にあたっています。
師範は秋田市で合気道の修行をされてきましたが、その初期には白田林二郎(戦前の植芝盛平の内弟子)師範や斉藤守弘師範の影響を受け、白田師範からは盛平翁の精神性「戦わざる理合」を学び、斉藤師範からは技面で大きな影響を受けました。現在は社会に還元できる合気道をめざして指導活動(海外へも)を行なっています。
●合気会本部道場国際部 谷 正喜七段
  “日々立つ本部の畳が晴れ舞台”
まず、会見の前半は海外の稽古生からよせられた質問への回答です。段のこと、師範について、合気会本部の組織構成など、日本の修行生にとっても興味のある質問ではないでしょうか。
南米で6年間指導生活を送った師範のこと、やはりブラジル、アルゼンチンの合気道事情のお話が出ました。
「日々の稽古が一番大事だ」との吉祥丸前道主の言葉をかみしめながら毎日本部道場の畳の上で稽古をする、それが合気道の目的であり、「今最高に日常の稽古を楽しんでいます」と語る師範は、まさに合気道戦後派の姿を彷彿させます。
●特別対談 時代考証家 名和弓雄 VS 松聲館 甲野善紀
“日本古来の身体運用 ナンバに秘められた可能性”
当社発行の術理本シリーズでおなじみの甲野師範と時代考証家であり正木流鎖鎌萬力鎖術の宗家である名和師範のお話は、ナンバの話から始まり、テレビや映画の時代劇に見られる誤った所作、小道具の使い方など興味はつきません。
対談最後は、手裏剣術の前田勇師範(名和氏が甲野氏に前田氏を紹介した)のお話と甲野氏の手裏剣術の気づき、工夫のお話です。
「同一の剣で、いちいち的との距離によって手の内を変えたりせずに打てるようにすること――その夢がまがりなりにも叶いました」(甲野談)。
■甲野氏の書籍とビデオ
●武談倶楽部 第10回
  “負けず嫌いな気持ちを支えに、果てしない合気道修業の日々”
 合気道家・天野成子五段
天野さんは30代後半、小林保雄道場に入門、その後斉藤守弘師範に師事、現在は自宅道場で門人の指導にあたっています。
「女で(合気道を)やっているっていうのを、一つの目標にしてくれている人もいるみたいで……そういう人のお手本、そういう形にもなれたらいいなみたいな」気持ちで合気道の指導をなさっている天野さんです。これまでの合気道修業のこと、指導者の立場からなど、ざっくばらんに語っていただきました。
●第38回全日本合気道演武大会  5ページの写真特集です。
●道場見てある記 合気道黒部道場
●大東流合気武術史初考 高橋賢
 武田惣角直門師範による伝承の検証。今回は、八光流・奥山龍峰師の『大東流護身術』(昭和13年発行)をもとにした検証です。119号より連載中です。
●好評連載 豪華な執筆陣!!
佐々木説法シリーズ「なるほど」 佐々木の将人 /随縁逍遥 甲野善紀 (稽古日誌)/ 柔術万華鏡 黒田鉄山(柔術について語る) /合気道錬成の視角 野中日文/ 道歌 阿部醒石 /琢磨会に伝わる技法 森恕 /実用的日本刀の知識 甲野善紀/ 他武道に学ぶ実戦合気道 甲斐国征 /ほか

合気ニュースの内容

現在発売中の季刊誌『道(どう)』の前身雑誌。日本武道の専門誌。
日本武道の専門誌として昭和49年4月に創刊。合気道や大東流に関する裏付けのある歴史記事、会見記事などを掲載。国際的視野にたって「武道を通じて生き方を考える」をめざす季刊誌です。

この雑誌の読者はこちらの雑誌も買っています!

合気ニュースの所属カテゴリ一覧

Fujisanとは?

日本最大級雑誌の定期購読サービスを提供

デジタル雑誌をご利用なら

最新号〜バックナンバーまで7000冊以上の雑誌
(電子書籍)が無料で読み放題!
タダ読みサービスを楽しもう!

総合案内
マイページ
マイライブラリ
アフィリエイト
採用情報
プレスリリース
お問い合わせ
©︎2002 FUJISAN MAGAZINE SERVICE CO., Ltd.