―第2回雑誌大賞受賞おめでとうございます(2011年4月15日号「今日の糸井重里」http://zasshitaisho.com/award/magazineaward-grandprix.html)。コピーライターの糸井重里さんに密着取材されて、とても中味の濃い1冊です。

マガジンハウスの入口にも雑誌大賞受賞のニュースが
ありがとうございます。今の糸井重里さんは広告界を離れて、ウェブの「ほぼ日」(「ほぼ日刊イトイ新聞」http://www.1101.com/)で言葉や企画を読み手に届けていますが、コピーライター出身の僕にとっては十代の頃からの憧れの人です。編集者になってようやく会えて、一緒に仕事をできるのがうれしくてたまらない。「ブルータス」の編集長になってすぐの頃、「三谷幸喜特集」で三谷さんとの対談をしてもらったり、「読売巨人軍特集」や「吉本隆明特集」で、糸井さんや「ほぼ日の乗組員」たちと、定期的に交流し、本を一緒に作ってきました。
―実際、編集者を「ほぼ日」編集部に常駐させて、糸井さんの言葉を全部拾うようにしたとか。
人に「密着する」特集は「ブルータス」の得意とするところですが、本当に文字通り密着したのは糸井重里号が初めてかもしれません。青山の「ほぼ日」オフィスに机を用意してもらい、編集部員2人が2ヶ月以上常駐して、糸井さんのコトバを拾いました。
驚いたことに、糸井さんは、“絶大の信頼”を用意して僕らを迎えてくれました。我々が興味を持つコトには全て同席させてくれたんです。それこそ秘書のように、経営に関する会議にまで出席させてくれた。結果、我々の手元には膨大なコトバが残ります。
日々耳を傾けてきた編集者たちの実感を誌面に出すために、この特集では、糸井さんが日々生み出すコトバをセレクトして、時系列に並べています。あたかも読者が、そばにいて、糸井さんのコトバを聞いているような作りです。
―「ブルータス」って、特集を見てても、毎回振れ幅が大きいような気がしますが、一言でいうとどういう雑誌と言えばいいのですか。
一言でいうのは難しいのですが、ある人が「ブルータス」は「ポップカルチャーの総合誌」といってくれました。僕らのまわりに広がる興味を惹くヒト、モノ、コトの入り口を探す雑誌といいますか。少し先の興味の行き先を知っている、といえたらいいですね。マーケティングではない、おもしろがる勘を磨いている、というか。
―編集部の構成はどうなっているんですか。

編集長のデスクから見た編集部

編集部を囲む形で副編集長4人が座る
通常の雑誌は、たとえば月2回刊の場合は、5~6人のチーム2つが交互に特集を作りますが、「ブルータス」にはチームがありません。特集ごとに人の組合せを変えるのが特徴です。担当の人数も2名が基本、多くても3人。人数が少ない代わりに、1冊あたり3ヶ月くらい時間をかけます。
「ブルータス」のような特集主義では、特集全体に1本通す考え方を作り手に行き渡らせないと、バラバラな本になってしまいがちです。2人ならいつでも集まれる。いつでも意思疎通ができます。どんな特集をつくっても「ブルータスらしさ」が出るのは、このシステムのおかげです。
―西田さんはどうして編集者になったんですか。
10代の頃、雑誌に夢中になった原体験があるからだと思います。編集者は、自分の興味ある事柄を、誰よりも早くおもしろがる仕事だな、という憧れがずっとありました。大学を卒業してから広告会社でコピーライターをしていましたが、その憧れは募るばかり。周囲のススメもあって、出版社の中途採用試験を受けたら、いくつか合格できた
「ブルータス」編集部に配属された当初は、本当に毎日、鼻血が出るぐらい刺激的でした。同世代では物知りなつもりでいたけれど、そんなへたれなプライドは叩きつぶされました。「世界は広いなぁ、オレ、何にも知らなかったなぁ」というカルチャーショック。20代の後半、必死で先輩たちに追いつこうと映画を観まくったり、本を読み込んだり、人に会いまくれたのが、今に繋がっているんだな、と思います。必死でした(笑)。
―西田さんが十代の頃と違って、いまの読者は、雑誌に新しい情報を求めてはいるわけではないと思います。
その通りだと思います。雑誌に新しい情報はいらない。かわりに、思ってもみなかった情報や見方があればいいんです。たとえばコーヒー特集を組むときに「ブルーマウンテンが最高のコーヒーだとまだ思っていますか?」と特集を組めるのが、雑誌のおもしろさです。情報はだれでも集められるけれど、それをどう読み解くか、の一例、とびっきりの一例を示せれば、その特集は成功だと思います。
それと僕はやはりマーケティングでモノをつくらない、ということが大事だと考えています。そんな予定調和的なものが面白いわけない、と決めつけちゃってるんです(笑)。面白いものは少人数で決める。これが自分たちの基本です。編集者はその面白いと思えるエッジを磨いていればいいのかなと。
―そのエッジの磨き方ってなかなか難しいですね。センスの問題もあるし。
「ブルータス」編集部には、夜遊びをしたり、顔が広かったり…という編集者よりは、それぞれに“専門分野”がある編集部員が多い。音楽でも映画でも本でもゲームでも食でもネットでも…あ、このトピックならあいつに聞いてみよう、と思える。好きなモノを追いかけてるんです。それは各自が好きでやっていること。でもその編集者のオモシロサを組み合わせたり、いかしたりするのが僕の仕事です。
職業:エディター、週末:活字を忘れる…みたいなお洒落なノリはいらない。興味のおもむくまま、好奇心を持ち続けていればいい。編集部員には、できあがった特集を読んだ人に「遊んでるね」といわれよう、と言っています。企画で遊んでる、というのが一番の誉めコトバだと。
―雑誌の読者像を教えてください。

最近評判になった特集
読者には3種類いると思います。まず「ブルータス」という雑誌そのものが好き、というコアな人、2つめが、特集によって買う人、3つめは「スターウォーズ」とか「旅」とか、その特集自体が好きで買う人。だから、それぞれの読者にどう響くか、計算…というか勘を働かせてつくっていくことが肝です。売れ線を狙って、すごく一般受けする広く浅いテーマばかりをやっているとコアな層が離れてしまう。コアなことばかりやると一般性がなくなる。そこを往き来しながら、企画を考えています。
「ブルータス」は基本的には、ヒットしても続編を作りません。そして3号に1つくらいのペースで、やったことのないテーマを新しい束ねかたで作っているつもりです。それが見方によっては「振れ幅が大きい」となるし、人によっては「毎回飽きさせない」になるんだと思います。
―今でも編集者になりたい人は多いと思います。そんな人たちに西田さんからメッセージを。

いくつかのパターンを経て表紙が出来上がる
何かを好きになる、好きなものがあるっていうのは「才能」だと、僕は思っています。だから、好きなものをたくさん作ってほしい。どうして自分はこれが好きなのか、少しの分析はしながらも、夢中になってほしい。編集とは「集めて、選ぶ」作業。選ぶことの最後の最後の瞬間には「絶対これが好きだから」という思い込みが力を発揮する。「人は、その人が好きだと思うモノでできている」と、僕は思うんです。
もうひとつは、説明上手であるかどうか。編集者は、ライター、カメラマン、デザイナー、広告主、取材先…さまざまな職能の人たちと仕事をします。そのときに、特集の向かう方向を短く説明できる人が、いい特集をつくります。説明が上手な編集者はそれだけで80点は取れます(笑)。残りの20点は…コトバでは説明できない(笑)。
―Twitterなどでもいろいろ発言されていますが、ソーシャルメディアについて今のお考えを聞かせてください。
90年代に「ブルータス」でコンピュータやネットワークの特集を3冊作りました。その頃は編集部の最若手だったので、自分の得意ジャンルとして、シリコンバレーやMITに取材に行って夢中で取材をしていました。それからもウォッチはつづけていたから、自分はソーシャルネットワークにも通じてる自負があったのですが…。実は先日、20代前半のウェブプランナーにこう言われたんです。
「フェイスブックを本当に楽しもうと思っていたら、“友達”を増やしたりしない」。 フォロワーや、友達の人数を競う…みたいな風潮はこの先なくなっていくのかな、と気付いたんです。20代にとって、ソーシャルネットワークは、たとえば僕の20代の頃の「雑誌」と同じように「ツール」になってるんだな、とこのコトバで、再認識しました。
でも同時に、若くて時間がある時にこそ、映画や本や音楽や漫画などの、パッケージされたメディアに数多く触れてほしい、という思いもあります。コンテンツをどんどんカラダに入れて、入れて、入れまくって、それからネットワークで社交すればいいのにな、とも。
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1.文藝春秋(文藝春秋社)
父の書斎にいつもありました。大人になったらこういうの読むんだ…と思った雑誌の原点。
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2.料理通信(料理通信社)
真面目さがスゴイ。食の世界をよりよくしようとするひたむきさが大好きです。
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3.en-taxi(扶桑社
文芸エンターテインメント。創刊の頃から、熟読したりチラ見したり。編集者の企みが覗けるので刺激的。
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4.カーサ ブルータス(マガジンハウス)
10年前の創刊当初から7年ほど関わりました。“建築”という新しい視点は今でも大事です。
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5.家庭画報(世界文化社)
婦人誌ってスゴイ。歴史、知、趣味の蓄積と編集力が先鋭化している。参考書です。
(2011年10月)
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- コトバの人だな、というのが実感です。饒舌でもなく、寡黙でもなく、ユーモアを交えながら普通にでてくる言葉遣いが、実にここちよく独自の美学で編集されていて、それにとらわれているうちに、あれっといったところで話を落としてくれる。
西田さんがコピーライターの出身であったというのも、さもありなんです。 愚問だなと思いつつも、こちらもいくつか話をふらねばならず、西田さん本来の世界観にあまり深く斬りこめなかったような気がしています。
ただ、私も長く身を置いた<雑誌編集>という世界を思うと、掬い上げた西田さんのいくつかの言葉から零れ落ちたところにこそ、まだまだ何か面白い世界が潜んでいるような気になりました。
本や映画や音楽に夢中になる。そんな夢中になった原体験からいろんなアイデアが湧き出してくる。私の編集者経験もまさにそこから始まったと思っています。
インタビュアー:小西克博
大学卒業後に渡欧し編集と広告を学ぶ。共同通信社を経て中央公論社で「GQ」日本版の創刊に参画。 「リクウ」、「カイラス」創刊編集長などを歴任し、富士山マガジンサービス顧問・編集長。著書に「遊覧の極地」など。
