MOSTLY CLASSIC(モーストリー・クラシック) 発売日・バックナンバー

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表紙 ベーム、セル、チェリビダッケ、カルロス・クライバー

特集
20世紀後半に伝説を残した指揮者たち

 20世紀後半はベーム、セル、ムラヴィンスキー、チェリビダッケ、ショルティら巨匠指揮者がきら星のごとく存在した。来日公演も多くなり、録音環境の発展によるレコード会社の戦略もあいまって、日本の聴衆はさまざまな個性的な指揮者の音楽を楽しんだ。
 カール・ベーム(1894~1981)は晩年、日本で絶大な人気を誇っていた。43年と54年の2回、第2次世界大戦中と戦後にウィーン国立歌劇場の音楽総監督を務め、ウィーン・フィルの名誉指揮者で、オーストリア・ドイツ音楽の伝統を今に伝える指揮者とみなされた。70年代にウィーン・フィルと来日して人気に火が付いた。ウィーンでベームの演奏を聴いている音楽評論家、堀内修氏によると、ウィーンで指揮するオペラやコンサートはいつも満員だったという。「1970年代のザルツブルク音楽祭は、カラヤンとベーム、2人の巨匠がオペラを指揮する特別な音楽祭だった」と堀内氏。
 ベームの次の世代で、世界的な人気があったのはカルロス・クラシバー(1930~2004)。父は名指揮者エーリッヒ・クライバーで、ナチス・ドイツから逃れ、アルゼンチンに亡命。カルロスはブエノスアイレスで音楽を学びはじめ、父の反対を押し切って指揮者の道を進んだ。バイエルン州立歌劇場の公演などでたびたび来日したおり、日本でも大人気だった。カルロスはキャンセル魔だったが、日本では必ず指揮をした。音楽評論家の許光俊氏は、「クライバーは、ずっと父親に対してコンプレックスや敵意を抱いていた。それが刺激される可能性が日本ではほとんどなかった」という。エーリッヒは1956年に亡くなっており、来日もしていないから日本にエーリッヒの演奏を聴いたことのある聴衆はおらず、比較されないからだ。
  「帝王」と呼ばれたカラヤンほど、クラシック・ファンでない一般に名前を知られた指揮者はいなかった。超人気指揮者ゆえにアンチ・カラヤン派が生まれた。カラヤンの対抗馬にあげられたのがフルトヴェングラーとチェリビダッケ(1912~96)。第2次世界大戦が終わり、フルトヴェングラーらがナチスとの関係を問われて謹慎させられる。指揮経験がほとんどないチェリビダッケはその間、暫定的な首席指揮者に就任したが、フルトヴェングラーが復帰し、楽員に嫌われたことなどからベルリン・フィルとの関係を絶ってしまった。そして55年、フルトヴェングラーの死去によってカラヤンはベルリン・フィルの首席指揮者についた。アンチ・カラヤン派の背景にはこうした3者の関係がある。チェリビダッケは生前、LPやCDなど録音をほとんどリリースしなかった。それゆえ「今でも『幻の指揮者』のままである」と音楽評論家の佐伯茂樹氏。
 他に、◎シノーポリ、クレンペラー、ミュンシュ、オーマンディ、クーベリック、ジュリーニ◎ドイツ・オーストリア系の指揮者たち◎今期のベルリン・フィル、ウィーン・フィル定期演奏会の指揮者◎欧米の巨匠指揮者を日本のファンに知らしめた音楽評論家◎巨匠を生んだ名プロデューサーたち、などです。

◎BIGが語る セバスティアン・ヴァイグレ 指揮
 読売日本交響楽団の2019/20年シーズンから常任指揮者に就任する。ヴァイグレは1961年、旧東ドイツのベルリン生まれ。ベルリン州立歌劇場のホルン奏者からキャリアがスタートした。当時の音楽総監督はスウィトナー。その後の音楽総監督、バレンボイムの勧めで指揮活動を始めた。「(バレンボイムは)アシスタントには、彼の言うことをすべて踏襲しろとは言わず、自分が素晴らしいと思ったことを引き継げばいい、自分の模倣になってはいけないと常にいっています」と話した。

◎宮本文昭の気軽に話そう ゲスト 望月哲也 テノール
 シューベルトの3大歌曲シリーズのリサイタルを続けている望月哲也。最終回となる「白鳥の歌」が4月6日、Hakuju Hallで公演される。ピアノ伴奏ではなく、ギターで歌うというのが特色。「『白鳥の歌』の後半、ハイネのテキストによる曲はドラマティックなので歌も大変ですが、音域も広くギターでは無理かな、と思っていたのですが、今回共演する松尾俊介さんがいろいろなアイデアを出してくれました」と話した。

このほか
◎青島広志の「ブルー・アイランド版音楽辞典」
◎外山雄三の「オーケストラと暮らして60年」
◎小山実稚恵の「ピアノと私」
◎「鍵盤の血脈 井口基成」中丸美繪
など、おもしろい連載、記事が満載です。
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表紙 ワーグナー、バイロイト祝祭劇場、バイエルン州立歌劇場

特集
ワーグナーの真髄

 ヨハン・セバスチャン・バッハがヴァイマル、ケーテン、ライプチヒとドイツ各地を移りながら作品を生み出したように、リヒャルト・ワーグナーもヨーロッパ各地を転々とした。しかし、ワーグナーは新たな仕事を求め、移動しただけでない。借金を作り、革命に参加し、お尋ね者になり、否応なく転居せざるを得なかった土地もある。特集ではワーグナーの生涯を都市で巡っている。
 ワーグナーは1813年、ライプチヒで生まれた。俳優の父、母に連れられ各地を転々とする少年時代を過ごした。ライプチヒ大学を中退し、音楽の道へ進み、1837年、当時はロシアの支配下にあったラトヴィアの首都リガの劇場の指揮者になる。これは一方で、借金取りから逃げるためだったという。リガからパリ、そしてドレスデンに移住し、宮廷楽長となる。ドレスデンでは「さまよえるオランダ人」を初演し、「ローエングリン」が完成した。しかし、1849年、ドレスデン市民蜂起に参加。お尋ね者になり、スイス・チューリヒに亡命する。
 チューリヒでは豪商オットー・ヴェーゼンドンクがパトロンになったにもかかわらず、その妻マティルデと不倫。マティルデの詩に曲をつけた「ヴェーゼンドンク歌曲集」を生み出した。この禁断の愛は「トリスタンとイゾルデ」に影響している。チューリヒを離れざるを得なくなり、ウィーンで「トリスタンとイゾルデ」を初演するも失敗した。
 その後、当時のバイエルン王国の首都ミュンヘンがワーグナーの安住の地となった。というのも国王、ルートヴィヒ2世がワーグナーの熱烈な崇拝者で大パトロンとなったからだ。バイロイト音楽祭が行われるバイロイト祝祭劇場も、バイロイトの住まい、ヴァーンフリート館もルートヴィヒ2世の援助があってこそ建てられた。1882年に最後の楽劇「パルジファル」を初演し、83年、保養していたイタリア・ヴェネツィアで心臓発作のため亡くなった。
生まれたライプチヒはプロテスタントの町、亡くなったヴェネツィアはカトリックの都市。ヨーロッパ文化史研究の小宮正安氏は「オペラという金のかかる芸術に情熱を燃やし、借金をも辞さない豪しゃな生活を送ることをより所としたワーグナーにとって、カトリック文化の都市は、何者にも代え難い魅力をはらんでいたのではないか」と記している。
 他に、◎ワーグナーのオペラ、タイプ別解説◎ワーグナーの登場人物◎ワーグナー指揮者とは◎ワーグナーが求めたヘルデンテノール◎キーワードで知るワーグナー、「楽劇」「ユダヤ人」「ライトモチーフ」、などです。

◎2018年回顧ベスト・コンサート、ベストCD&DVD
 2018年のコンサートとCD&DVDについて、音楽評論家、ジャーナリストら10人にそれぞれベスト・コンサート、ベストCD&DVDを5件ずつあげてもらった。コンサートに関しては、10人があげた50本のコンサートは、ほとんどがかぶっていない。日本で行われるコンサートの多様さを表しているようだ。CD&DVDは、パーヴォ・ヤルヴィ指揮パリ管による「シベリウス全集」、テオドール・クルレンツィス指揮ムジカエテルナのマーラー「交響曲第6番」、庄司紗矢香によるベートーヴェンとシベリウスのヴァイオリン協奏曲の3点を2人があげている。編集部員の回顧も掲載している。

◎宮本文昭の気軽に話そう ゲスト 小林沙羅 ソプラノ
 1月から2月にかけて全国共同制作プロジェクトによるオペラ「ドン・ジョヴァンニ」のツェルリーナ役で出演する小林沙羅。演出がダンサー・振付家の森山開次というのも話題になっている。「舞台にもダンサーがたくさん登場するようですが、歌い手も普段にはない動きを要求される可能性はあります。私は子供のころからクラシック・バレエを習っていたので、今でも歌うことと同じくらい踊ることが好きですから、今回の舞台に出演できることは幸せです」と話す。

このほか
◎青島広志の「ブルー・アイランド版音楽辞典」
◎外山雄三の「オーケストラと暮らして60年」
◎小山実稚恵の「ピアノと私」
◎「鍵盤の血脈 井口基成」中丸美繪
など、おもしろい連載、記事が満載です。
1,049円
表紙 ベートーヴェンの肖像を1783年、1801年、1804~5年、1815年、1820年、1823年と年代順に並べています。

特集
まだまだ知らないベートーヴェン

 ベートーヴェンの人生はさまざまなエピソードや伝説に彩られている。たとえば、自分の生年を誤認していたわけは?ルートヴィヒ・ヴァン・ベートーヴェンのヴァンは貴族の称号の意味?女性にもてなかったといわれるけど本当?「不滅の恋人への手紙」は誰に宛てて書かれたもの?臨終近く、「喝采せよ、コメディーは終わった」と話したというのは本当?こうした疑問について音楽評論家の萩谷由喜子氏がくわしく解答している。
 名前のヴァン、vanはオランダ語由来で、身分を表すものではない。しかし、ドイツ語の貴族を表すvonと似ているため、ウィーンの人たちはベートーヴェンを貴族と思い込んでいた。彼自身世間から貴族と見られたがっていたのだ。ベートーヴェンに関する誤解の多くは、秘書のアントン・シンドラーが書いた伝記によっている。シンドラーは、ベートーヴェンの会話帳を破毀し、事実を歪曲し、自己宣伝のために利用しており、今では彼の自伝の信頼性は失われている。しかし、ベートーヴェン像は現在まで変化しながらさまざまな影響を及ぼしてきた。日本では「不屈の英雄」という人間像が、西洋化、近代化を進める時代にぴったりあい、大正、昭和初期の教養主義の時代に取り入れられた。
 ところで、師走になると全国各地で「歓喜の歌」が鳴り響く。日本人の第九好きはいつから始まったのだろう。日本で第九が初演されたのは今からちょうど100年前、ドイツ人俘虜(捕虜)によってであった。第一次世界大戦で日本は連合軍としてドイツの拠点だった中国・青島に出兵。敗れたドイツ兵約1000人が日本の収容所に送られた。
 彼らが収容されたのは徳島県板東郡板東町(現鳴門市)にあった板東俘虜収容所。所長の松江豊寿中佐は「彼らは犯罪者ではない。国のために戦った人なのだ」と俘虜の処遇に気を使った。スポーツ、音楽など文化活動が盛んに行われ、オーケストラは2つ、吹奏楽団が1つあった。1918(大正7)年6月1日、ヘルマン・ハンゼン上等音楽兵曹が指揮する徳島オーケストラが第九を全曲演奏した。ファゴットはオルガンで代用され、ソプラノとアルトのパートは男声用に書き直された。今日の第九ブームの源流は鳴門のドイツ人俘虜にあった。
 他に、◎ベートーヴェンの交響曲と名盤◎ベートーヴェンの緩徐楽章の魅力◎ベートーヴェンと標語◎師ハイドン、モーツァルトとベートーヴェン◎ピアニストとしてのベートーヴェン、などです。

◎BIGが語る リッカルド・ムーティ 指揮
 第30回高松宮殿下記念世界文化賞音楽部門を受賞したリッカルド・ムーティが10月23日の授賞式のために来日した。ムーティの記者懇談会が行われ、機嫌良く1時間以上語った内容をまとめている。音楽の役割について「私たち人間と人間の対話がどれだけ大事なのか、ということをもう一度見直さなければいけません。自分の感情を表現できるのが人間です。芸術の中でも音楽は、感情を伝えるのに非常に役に立つ芸術だと思います」などと話した。

◎宮本文昭の気軽に話そう ゲスト 竹澤恭子 ヴァイオリン
 パリ在住のヴァイオリニスト、竹澤恭子。デビュー30周年の記念リサイタルではベートーヴェンのソナタを2曲演奏した。「10年ほど前に、ソナタ全曲を集中して弾いたことがあり、ようやく自分の中に、今だったらこう弾いてみたい、というアイデアが出てきましたので、もう一度取り組みました。ベートーヴェンのソナタ全曲をあらためて取り組みたくなりました」と話す。

このほか
◎青島広志の「ブルー・アイランド版音楽辞典」
◎外山雄三の「オーケストラと暮らして60年」
◎小山実稚恵の「ピアノと私」
◎「鍵盤の血脈 井口基成」中丸美繪
など、おもしろい連載、記事が満載です。
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表紙 ムソルグスキー、ラヴェル、ベートーヴェン、マーラー

特集
原曲を越える?! 編曲の面白さ

 ムソルグスキーのピアノ組曲「展覧会の絵」と、ラヴェルによる管弦楽へ編曲された「展覧会の絵」のどちらを、よく耳にしたことがあるでしょうか。クラシック音楽には原曲と同じように親しまれている編曲作品がたくさんあります。
 ムソルグスキーは1874年、「展覧会の絵」を作曲しました。友人の画家ガルトマンの遺作展を見て、インスピレーションを受け作曲されたものですが、生前は演奏されず、リムスキー=コルサコフによる編曲版が出版され、知られるようになりました。ラヴェルは1922年、ボストン交響楽団の指揮者クーセヴィツキーの依頼で、管弦楽版を作りました。これが世界で一気に「展覧会の絵」が広まるきっかけとなったのです。「展覧会の絵」は作曲家や指揮者の想像力をたいそう刺激する作品でした。それはその後も多くの編曲が生まれたことから分かります。指揮者ストコフスキー、日本の近衛秀麿、ロシアの作曲家ゴルチャコフなど枚挙にいとまがありません。ロックバンド、エマーソン・レイク・アンド・パーマーが出したロック版(71年)は、ポピュラー・ファンにも「展覧会の絵」が広まるきっかけになりました。
 バッハの毎日はとても忙しいものでした。教会の楽長を務め、毎週末の礼拝のために教会カンタータなどの音楽を書かなければいけません。ライプチヒでは、毎週、自主演奏団体コレギウム・ムジクムの指揮をし、作品を提供するなど、時間はいくらあっても足りません。ですから、自身の作品の編曲、旧作からの改変、転用などがたくさんあります。集大成の「ミサ曲ロ短調」の第1部「ミサ」の全11曲は、1733年にザクセン新選帝侯アウグスト2世に献呈された「ミサ・プレヴィス」を、ほぼそのまま転用しています。音楽ジャーナリストの寺西肇氏は「何よりも、良い素材(=旋律)を十分に生かし切りたい、との思いが強かったのではないか」と指摘します。バッハを編曲した作品でもっとも知られているのは「G線上のアリア」。ドイツのヴァイオリニスト、ウィルヘルミにより「管弦楽組曲第3番」の第2楽章「アリア」を、ヴァイオリンの最低弦G線だけでメロディーを弾けるように、編曲しました。
 民謡や伝統音楽も著名な作曲家によって編曲されています。よく知られているのはブラームスの「ハンガリー舞曲」と、ドヴォルザークの「スラヴ舞曲」。いずれも民族色を感じさせる美しいメロディーで、たちまち大ヒットしました。ハンガリー舞曲は、本当のハンガリーの民謡ではなくロマの音楽で、ブラームスは編曲と考えていました。しかし、「スラヴ舞曲」はドヴォルザークの創作。「ドヴォルザークは編曲している振りをしながら、実はそこで自分の音楽性を伸び伸びと歌い発展させている」と音楽評論家、江藤光紀氏。
 他に、◎ベートーヴェン「第九」の編曲◎「ニーベルングの指環」のオーケストラ編曲◎チャイコフスキーと編曲◎指揮者・作曲家としてのマーラーの編曲◎音楽の都、ウィーンの編曲の伝統、などです。

◎BIGが語る 大野和士 指揮 
 新国立劇場の音楽監督に就任した大野和士。10月のモーツァルト「魔笛」から新シーズンが始まった。就任にあたって5つの目標を掲げている。第1は「レパートリーの拡充」。「新制作を年間3演目から4演目に増やします。これまで上演した新制作のいくつかは、レンタル・プロダクションで、上演すると返してしまうのでレパートリーが蓄積されません」と話す。今シーズンは「ツェムリンスキー「フィレンツェの悲劇」、プッチーニ「ジャンニ・スキッキ」、「トゥーランドット」が予定されている。ほかに、「日本人作曲家への委嘱」、「1幕物オペラの新制作」、「旬の演出家や歌手をリアルタイムで聴衆に届ける」、「内外の他の歌劇場とのコラボレーション」という目標を掲げての船出となった。

◎宮本文昭の気軽に話そう ゲスト 塚田佳男 ピアノ
 日本歌曲伴奏の第一人者として活躍を続ける塚田佳男。初めは歌手を目指していた。「芸大在学中は声楽を勉強していて、そのまま二期会の研究生になったのですが、周囲がとにかく才能豊かな人ばかりでしたから、早々に歌の道はあきらめて彼らの伴奏をしていたのです」といきさつを語る。その後、ドイツに留学。今は奏楽堂日本歌曲コンクールの審査委員を務めるなど、日本歌曲の歌唱、伴奏法の指導にも力を入れる。しかし、「日本歌曲の歌唱法の確立にはまだ時間がかかりそうです」と話している。

このほか
◎青島広志の「ブルー・アイランド版音楽辞典」
◎外山雄三の「オーケストラと暮らして60年」
◎小山実稚恵の「ピアノと私」
◎「鍵盤の血脈 井口基成」中丸美繪
など、おもしろい連載、記事が満載です。
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表紙 モーツァルト、ワーグナー、ストラヴィンスキー、カラス

特集
スキャンダル 音楽史事件簿

 新作の初演での大騒動、検閲にひっかかり書き直し、権力者の怒りに触れて改作、革命家崩れで不倫を重ねる作曲家などなど、音楽界はさまざまなスキャンダルや事件にあふれている。
 もっとも知られている新作初演の際のスキャンダルは、ストラヴィンスキーのバレエ「春の祭典」。この作品が1913年5月29日、パリのシャンゼリゼ劇場でバレエ・リュス(ロシア・バレエ団)により初演された際、音楽は怒号や口笛でかき消され、下品なやじが飛び交い、ステッキで威嚇、女性が平手打ちで応酬するなど大混乱に陥った。警察官を動員しても騒ぎは収まらなかったという。音楽だけでなく、原始ロシアの異教徒が、春の訪れを願い神々に処女を捧げる「祭典」を描いており、ニジンスキーが振り付けたバレエも物議を醸した。
 スキャンダラスな作曲家といえばワーグナーを筆頭にあげよう。ドレスデンの宮廷楽長に出世していたワーグナーは、こともあろうに、ロシアの革命家バクーニンと組んで、ドレスデン市民革命で指導的な役割を果たすことになった。しかし、プロイセン軍が介入し、革命を鎮圧。ワーグナーは間一髪で逮捕を免れ、スイス・チューリッヒに亡命する。
 そこで、まずボルドーのワイン商人の夫人ジェシー・ロソーに手をだす。もちろんワーグナーにはミンナという妻がいる。この関係が破綻すると、今度は絹織物商人の妻マティルデ・ヴェーゼンドンクと恋愛関係になる。夫のヴェーゼンドンクはワーグナーのパトロンとして、家まで提供していたにもかかわらずだ。マティルデが書いた詩に作曲したのが「ヴェーゼンドンク歌曲集」。「トリスタンとイゾルデ」にも影響を与えたという。「逆境に陥っては、その都度信じがたいほどの強運によって救われていく。その強運は単なる偶然ではなく、芸術と人間の両面において類い希な吸引力があってこそだったことは確かだろう」と音楽評論家、吉田真氏は記している。
 ショスタコーヴィチのオペラ「ムツェンスク郡のマクベス夫人」は、1934年1月22日、レニングラードのマールイ劇場で初演された。その後2年間でレニングラードとモスクワで177回も舞台にかけられた大ヒット作。しかし、36年1月26日、スターリン、モロトフ、ジダーノフら共産党幹部が観劇。2日後の「プラウダ」に「調子の外れた理解不能な音の流れに、出だしから面食らわされる。これは人間の音楽ではなく、極左的な混沌だ」とめちゃくちゃに批判される。この記事はスターリンの指示によることは間違いない。スターリンの逆鱗に触れたショスタコーヴィチは「カテリーナ・イズマイロワ」として改訂せざるを得なかった。
 他に、◎「椿姫」初演失敗の真相◎演奏不能とされた名曲◎お騒がせスター作曲家ベルリオーズ◎モーツァルト「レクイエム」の謎◎ナチス政権下における「退廃音楽」◎ザビーネ・マイヤー事件◎文化大革命と中国のピアニストたちの命運◎音楽界を騒がせたキャンセル魔たち、などです。

◎BIGが語る リッカルド・ムーティ 指揮 (下)
 ムーティの「BIGが語る」はこれで最終回。前回は、イタリア・オペラのカット問題、楽譜を改変して歌う歌手などについて話した。今回は、これまでに出会ったリヒテルやカラヤンら偉大な音楽家、オーケストラとの関係などを語っている。指揮者コンクールを通ったばかりのムーティが、共演予定のリヒテルに呼ばれ、モーツァルトとブリテンのピアノ協奏曲のピアノ伴奏をさせられた。リヒテルはムーティを試したのだ。「私が弾いているとリヒテルが時々私を見るのが感じられました。弾き終わった時、彼は立ち上がって、通訳の人に『ピアノを弾くように指揮をするなら良い音楽家、良い指揮者です。受けましょう』と言ったのです」とムーティは当時の様子を話す。

◎宮本文昭の気軽に話そう ゲスト 高関健 指揮
 宮本文昭の後任として東京シティ・フィルの常任指揮者を受け継いで3年目になる。さらに3年、2021年3月まで契約が延長された。「ここ数年で組織としての意識も変わったと思います。おそらく宮本さんが助言をしてくださったことも実になってきていると思いますが、特別なことをしているつもりはありません。一生懸命に練習して、こうすればいいんじゃないかということをきちんと話し合って、ひとつひとつクリアしていくというだけのことです」と語る。

このほか
◎青島広志の「ブルー・アイランド版音楽辞典」
◎外山雄三の「オーケストラと暮らして60年」
◎小山実稚恵の「ピアノと私」
◎「鍵盤の血脈 井口基成」中丸美繪
など、おもしろい連載、記事が満載です。
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表紙 ベートーヴェン、ピアノ・ソナタ第32番第1楽章の冒頭部分、1817年に贈られた英ブロードウッドのフォルテピアノ

特集
ピアノ・ソナタの魅力

 ベートーヴェン(1770-1826)は32曲のピアノ・ソナタを残した。その創作時期は初期、中期、後期に分けられる。初期には第8番「悲愴」、第12番「葬送」、第14番「月光」、第15番「田園」などがある。中期には第17番「テンペスト」、第21番「ワルトシュタイン」、第23番「熱情」、第24番「テレーゼ」、第26番「告別」などが生まれた。そして後期は、第29番「ハンマークラヴィーア」、最後の第30、31,32番の3つのソナタなどがある。
 音楽学者の平野昭氏は「40年に及んだピアノ・ソナタ創作はベートーヴェンにとって長い冒険の旅であった。すべてのソナタがそうであるというわけではないが、18世紀的なサロン音楽であったピアノ・ソナタを一級の芸術表現にまで高めた。また、ピアノ・ソナタで実験したさまざまな革新的表現をオーケストラ音楽でも試み、最終的には調性音楽として必要十分な条件を備えた弦楽四重奏曲に究極的な姿で収斂させたと言ってよい」と記す。
 ピアニストにとって、ベートーヴェンのピアノ・ソナタ全曲の録音は大きな挑戦である。マウリツィオ・ポリーニは1975年、第30番、第31番からスタートしたが、最後は2014年。なんと39年かけて完成させた。「コンピューターのように正確、と称された若き時代のポリーニが徐々にヒューマンな色合いを深め、円熟の極致に至る。その演奏の変遷が理解できる入魂作」と音楽評論家の伊熊よし子氏。ほかに、日本で初めてピアノ・ソナタ全曲演奏を行ったケンプ、またシフ、バレンボイム、グード、ブッフビンダーらが全集を作っている。
 特集ではスカルラッティ、クレメンティ、ハイドン、モーツァルト、シューベルト、ショパン、リストら多くの作曲家のピアノ・ソナタを取り上げている。作曲家にとってピアノ・ソナタの作曲は、ソナタ形式を習熟するために必須だった。作曲は習作期を抜けて間もない時期か、後半生の両極に分かれる、と音楽評論家の高久暁氏。それゆえ作品番号は1ケタが多い。作品2はベートーヴェン、ブラームス。作品3はメンデルスゾーン、カルクブレンナー。作品4がショパン、ワーグナーなど。「キャリア最初期にできの良いソナタを作曲、出版すれば作曲能力のデモンストレーションになったし、ピアニストとしての活動を志したのであれば、自作自演のピアノ・ソナタやピアノ協奏曲、室内楽曲を早くに作曲して活動の基盤を固めるのが当然」と高久氏は書いている。
 他に、◎ピアニストから見たモーツァルト「ピアノ・ソナタ」の魅力◎スカルラッティの美を見いだしたホロヴィッツ◎ソナタ形式をめぐって◎ピアノ学習者にとってソナタとは?◎フォルテピアノ弾きたちのピアノ・ソナタ、などです。

◎BIGが語る リッカルド・ムーティ 指揮 (中)
 前回は生い立ちを詳しく語ったリッカルド・ムーティ。今回は指揮者としての心構え、イタリア・オペラのカット問題などを舌鋒鋭く話している。「今日では、多くの若手指揮者は指揮台の上で飛び跳ねたり、演奏会の前でまるでサメのように大きな口を開けたり、泣いて悶えたり…サーカスの公演のようになってきています。音楽表現のためには内面的な肉体のエネルギーが必要なのに、指揮台上で外面的に発散しているかのようです。その力強いエネルギーは内的に爆発させるというのが真の指揮者の表現法です」

◎宮本文昭の気軽に話そう ゲスト 漆原朝子 ヴァイオリン
 姉の漆原啓子もヴァイオリニスト。父親は船員でクラシック好きだった。ロンドンでバックハウス聴いたこともあったという。啓子が母親のお腹にいるとき、航海に出る父親が「ベートーヴェンのピアノ・ソナタ全集を母に渡して、これを毎日聴くように、と言ったそうです。母はそれを守って毎日聴いたそうです。それで姉には音楽のセンスが備わったみたいです」というエピソードを話す。しかし、自身のときには「その頃には母はもう胎教でレコードを聴くことに飽きていたみたいです」とのこと。ヴァイオリニストの姉妹はこうして育った。

このほか
◎青島広志の「ブルー・アイランド版音楽辞典」
◎外山雄三の「オーケストラと暮らして60年」
◎小山実稚恵の「ピアノと私」
◎「鍵盤の血脈 井口基成」中丸美繪
など、おもしろい連載、記事が満載です。
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表紙 ブロムシュテット、ムーティ、ヤンソンス、ハイティンク(上から時計まわり)

特集
マエストロ 巨匠指揮者の魅力

 カリスマ、巨匠指揮者と聞いて誰を思い浮かべるだろう。古くはトスカニーニ、フルトヴェングラーだろうか。その上にはマーラーやニキシュがいた。トスカニーニたちの下の世代ではカラヤンやムラヴィンスキーだろうか。日本には朝比奈隆がいた。では、現役の指揮者では誰だろうか。年齢順であげると、91歳のブロムシュテットを筆頭に、ハイティンク、フェドセーエフ、小澤と続く。近年は平均寿命が伸び、80代でもバリバリ現役の指揮者が増えた。
 マーラーは作品に容赦なく手を加えた。が、トスカニーニやフルトヴェングラーは「作品の脚色よりも、作品への忠実さを重んじ、作品の優れた解釈を目指し、作品と真摯に対峙した」と西原稔・桐朋学園大教授。しかし、トスカニーニは「独裁者」だった。作品に忠実な演奏を目指しオーケストラを厳しく統率し、ミラノ・スカラ座を改革した。芸術の「独裁者」だけではない。ファシズムの時代に生きたトスカニーニは、イタリア・ファシスト党の党歌の指揮を拒否し、ナチスと関係を深めたバイロイト音楽祭やザルツブルク音楽祭の演奏を拒否し、アメリカに渡った。特別な時代の指揮者だった。
「トスカニーニや20世紀の名指揮者たちの録音はもはや再現しえない歴史的解釈の記録である。それらの演奏は今後の指揮者たちの演奏に確かな参照点を与え続けてゆくのだ」と音楽評論家の高久暁氏。
 編集作業中の6月16日、ロシアの巨匠ゲンナジー・ロジェストヴェンスキーが亡くなった。87歳だった。1979年に読売日本交響楽団と初共演し、名誉指揮者を務めており、日本でもおなじみの指揮者。「スターリンからプーチンに至るソ連現代史とともに歩んだ証人だった」とマリーナ・チュルチェワ氏は記している。また一人、巨匠が亡くなった。
 これからも巨匠指揮者は生まれ続けるだろう。次代の巨匠としてラトル、ゲルギエフ、テォーレマン、サロネン、ウェルザー=メストらを紹介している。
 他に、◎ヴァント、ベーム、カラヤンと日本の聴衆◎巨匠はなぜテンポが遅くなるのか◎バレンボイム、メータ、ヤノフスキ、インバル◎伝説の巨匠、ワルターモントゥー、アーノンクール◎古楽の巨匠指揮者、などです。

◎BIGが語る リッカルド・ムーティ 指揮
 イタリアの巨匠、リッカルド・ムーティは今年の第30回高松宮殿下記念世界文化賞音楽部門を受賞した。受賞に合わせて行われたインタビューを3回に分けて掲載する。今月は、生い立ちから。ムーティの父親は医者だったが、子供たちに音楽を親しませた。「父は息子たち全員に楽器を習うことを義務づけていました。それは音楽家に育てようという意思ではありませんでした。音楽をもって美を学ばせようとしたのです。社会の中で美を求めなければ澱んでしまうという考えです。芸術は人を優しくするという考えです」と話した。

◎宮本文昭の気軽に話そう ゲスト 小川典子 ピアノ
 第10回浜松国際ピアノコンクールが11月に開催される。小川典子は審査委員長を務めている。自身はイギリスのリーズ国際ピアノコンクール入賞を足がかりに音楽の世界に羽ばたいた。「360名の応募があり(DVD審査で)96名に絞ったのですが、全員素晴らしいです。ですから今年の浜松は、かなり高いレヴェルでの審査になるでしょう。すでに注目されているピアニストも受けていますし、浜松からプロとして羽ばたくピアニストもたくさんいるはず。私も11月まで気を引き締めていかないと」と話す。

このほか
◎青島広志の「ブルー・アイランド版音楽辞典」
◎外山雄三の「オーケストラと暮らして60年」
◎小山実稚恵の「ピアノと私」
◎「鍵盤の血脈 井口基成」中丸美繪
など、おもしろい連載、記事が満載です。
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表紙 モーツァルト一家 左から父レオポルト、ヴォルフガング、姉ナンネル
ルイ・カロジス・カルモンテル画、コンデ美術館蔵

特集
旅するモーツァルト!

 モーツァルトは35年の短い人生の中で、3720日、10年以上を旅の空で過ごした。1756年にザルツブルクで生まれたモーツァルトは、人生も音楽も旅から学んだと言えるだろう。6歳にしてウィーンに赴き、マリア・テレジア女帝に謁見し演奏を披露する。翌年から、3年半にも及ぶ期間、ヨーロッパ中を旅して歩く。ドイツ各地はもちろん、ベルギー、オランダ、スイスなどと歩き、フランスでは国王ルイ15世と王妃の御前で、ロンドンでも国王ジョージ3世と王妃の御前で演奏した。
 1769年、父レオポルトと一緒にイタリア各地を旅した。ヴェローナ、ミラノ。ボローニャ、フィレンツェ、ナポリなど、旅程は1年3カ月以上にわたった。このときに残されたのが「ミゼレーレ伝説」。ローマのシスティーナ礼拝堂でアレグリ作曲の合唱曲「ミゼレーレ」を聴いた。4声の合唱と5声の合唱が歌い交わすこの曲は、1年に3日しか聴けない秘曲。14歳のモーツァルトは、一度耳にしただけで、宿で楽譜に書き起こした。後日、もう一度聴き、楽譜の誤りを正した。一音一音聴き取って書いたのではなく、アレグリが作曲したルネサンスのスタイルを推測して聴き取った。「克明に聴くのではなく、推し量りつつ聴く、その推量がかぎりなく実態に近い。これがこのエピソードにみる、モーツァルトの天才性の芯だ」と音楽評論家の澤谷夏樹氏。
 ウィーンに定住したモーツァルトの人生最後の旅はプラハ。オペラ・ブッファ「フィガロの結婚」がプラハで大成功を収め、次作の依頼を受ける。それが「コジ・ファン・トゥッテ」。亡くなる3カ月前、1791年8月から9月にかけて3度目のプラハ訪問、「皇帝ティートの慈悲」を初演している。
 「モーツァルトは諸都市をめぐる旅馬車の中で、世に満ちる音楽を受容しつつ、それらの作品とはまったく異なる彼ならではの独自性を追求していたのである」と西原稔・桐朋学園大学教授はいう。 
 他に、◎モーツァルトにとって「旅」とは何だったのか◎モーツァルトが生まれたザルツブルク、定住したウィーン◎サリエリの生涯とモーツァルト◎妻コンスタンツェ◎名曲名盤◎現代のモーツァルト演奏家、などです。

◎BIGが語る ウェルナー・ヒンク ヴァイオリン
 ウィーン・フィルの元コンサートマスターで、ウィーン弦楽四重奏団のリーダーなどを務める。ウィーンの音楽一家に生まれ、まさにウィーンの音楽伝統を体現する存在。ウィーンの伝統として「踊るための音楽」と「緩さ」をあげる。ワルツで2拍目が遅れる理由を、「みんなで踊る夕べが盛り上がって長く続いて、ずっと演奏している第2ヴァイオリンやヴィオラが、弓を動かすのに疲れてしまって、2拍子目がずり下がって演奏するようになったのではないでしょうか。それがウィーンらしさになっています」と話す。

◎宮本文昭の気軽に話そう ゲスト ジャー・パンファン 二胡
 中国出身の二胡奏者。1988年に来日して世界的に活躍している。二胡との出合いはラジオだったと振り返る。「小学2年生の頃からは中国が文化大革命の時代に入り、国外の音楽や文化は入ってこなくなったのです。一方で二胡や箏、琵琶、笛といった楽器は奨励されました。街の楽器屋さんでも手軽に買えましたから、演奏する人が格段に増えました。今でも大都市には必ず伝統的な民族楽器だけのオーケストラが活動しています」と中国の状況を話した。

このほか
◎青島広志の「ブルー・アイランド版音楽辞典」
◎外山雄三の「オーケストラと暮らして60年」
◎小山実稚恵の「ピアノと私」
◎「鍵盤の血脈 井口基成」中丸美繪
など、おもしろい連載、記事が満載です。
1,049円
表紙 ドビュッシーとパリの街並

特集
ドビュッシー没後100年 芸術の都パリ

 ドビュッシーは1862年6月22日、パリ北西約15キロのサン・ジェルマン・アン・レに生まれた。決して裕福な暮らしではなく、子供時代の思い出を話すことはほとんどなかったという。ピアノを習ってわずか1年で、パリ国立高等音楽院に合格する。食べるためにいろいろなアルバイトをしたが、中でも18歳のとき、ロシアの大富豪フォン・メック夫人のピアニストとして雇われた。メック夫人はチャイコフスキーの大パトロンでもあった。この年は、夫人のヴァカンス旅行に帯同。チャイコフスキーの「白鳥の湖」を2台ピアノ用に編曲している。
 1898年、マヌカンとして働くロザリー・テクシエと同棲し、翌年結婚。しかし、1904年、裕福な銀行家の妻エンマ・バルダックと駆け落ちする。エンマとの間に生まれた子供がシュウシュウ。ドビュッシーはとてもかわいがり、「子供の領分」が捧げられている。亡くなったのは1918年3月25日。娘も翌年に13歳で亡くなっている。特集ではドビュッシーが残した管弦楽曲「牧神の午後への前奏曲」、「海」、オペラ「ペレアスとメリザンド」、ピアノ曲「前奏曲集」、「映像」などについて名盤とともに解説している。
 ドビュッシーが生きた時代、19世紀から20世紀にかけてのパリは、近代化の槌音が響き、急速に発展していった。パリの人口は19世紀初めには55万人ほどだったが、19世紀半ばには110万人になっている。そして音楽だけでなく、ピカソら世界の芸術家を引き寄せ芸術の都となった。
 パリの発展の証が1865年を皮切りに、67年、78年、89年、1900年と開催されたパリ万博。78年の万博ではトロカデロ宮が、エッフェル塔は89年の万博を契機に建てられた。ドビュッシーに大きな影響を与えたのは89年の万博。各国の展示を見た人々は異国のエキゾチシズムに魅了された。ドビュッシーもジャワのガムラン音楽を聴き、影響を受けた。ジャポニズムにも関心を抱き、「海」の楽譜には北斎の「神奈川沖浪裏」が使われている。
 他に、◎19世紀フランス歌曲の魅力◎パリ・オペラ座の栄光の歴史◎オペラ座に憧れた外国人作曲家◎ラヴェルの生涯と作品◎パリのサロン文化◎パリで活躍した指揮者◎フランスとロシア、などです。

◎マンスリー・ベルリン・フィル
 昨秋、来日公演を行ったベルリン・フィルのライブを収録した「アジア・ツアー2017~ライブ・フロム・サントリーホール」が発売された。ラトルの首席指揮者としては最後の来日となり、ベルリン・フィルはアジア・ツアーとして東京以外、香港、武漢、ソウルで公演した。このCDセットは5枚のSACDハイブリッドと1枚のブルーレイからなり、CDには東京公演のライブ、ブルーレイはその他3都市の映像が収められている。曲はR.シュトラウス「ドン・ファン」、バルトーク「ピアノ協奏曲第2番」、ブラームス「交響曲第4番」など。ベルリンからスタッフが来日して録音しており、「サントリーホールでの公演であれば、これまでの経験から、ツアー中のベストとなる目算があった」とベルリン・フィル・レコーディングスのローベルト・ツィンマーマン氏は話した。

◎宮本文昭の気軽に話そう ゲスト 道口瑞之 劇団四季
 劇団四季には、母音法、呼吸法、折れ法という独自のメソッドがある。「折れ法」は心の変化を「折れる」という言葉で表現する。「台詞とは別に、たとえば『強い光が差し込んでくる』といったようなできるだけ具体的な言葉によるヒントですね。演じているときには、感情や意識が変化するポイントがあるはずです。そこが『折れ』になります」と説明する。

このほか
◎青島広志の「ブルー・アイランド版音楽辞典」
◎外山雄三の「オーケストラと暮らして60年」
◎小山実稚恵の「ピアノと私」
◎「鍵盤の血脈 井口基成」中丸美繪
など、おもしろい連載、記事が満載です。
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表紙 ブルックナーとマーラー

特集
交響曲作曲家の系譜
ブルックナー&マーラー

 現在、オーケストラの主要なレパートリーであるブルックナーとマーラーの交響曲。後期ロマン派を代表する2人で、ブルックナーは1824年にリンツ郊外で生まれ、96年に亡くなった。マーラーはボヘミア・カリシュトで1860年に生まれ、1911年に亡くなっており、2人の活動の時期は重なる。
 ブルックナーは交響曲第9番の4楽章を亡くなる当日まで作曲していた。書いた交響曲は1番から9番までかというとそうではない。交響曲00番と0番がある。00番は1863年に完成したブルックナー最初の交響曲。しかし、本人が「習作」と書き入れたため00番となった。0番はその次の交響曲ではなく、第1番の後、69年に作曲されている。かつては0番を第2番と称していたが、自筆譜に「無効」と書かれているため0番となっている。
 ブルックナーの交響曲は複数の「稿」があるものが多い。その生涯は改訂の連続だった。たとえば交響曲第2番は、1872年に初稿(1872年稿)が完成し、翌年、ウィーン・フィルで初演されたのは1873年稿。そして再演に向けて改訂された1877年稿があり、92年には初稿の出版に際し、細部を改訂した。さらにハース版、ノヴァーク版、ギャラガン版が出版されている。「異稿、異版が多いのは、自らの作品に対して真摯かつ真剣に対峙しつづけた作曲家だったということを示している」と中村孝義・大阪音大名誉教授。
 一方、マーラーは交響曲第10番の作曲途中で亡くなった。第1楽章はほぼ完成されており、妻アルマがクルシュネクに補筆を依頼した。ほかにクック版やカーペンター版がある。第8番と第9番の間にあるのが「大地の歌」。第9番はベートーヴェン最後の交響曲のため、不吉な数として9番ではなく、「大地の歌」とした。これは、中国の李太白や王維らの詩をテキストに使い、6楽章全楽章で歌われる特異な曲。「西欧のヒューマンな目的意識の限界を東洋の諦観で見直そうとした壮大な試み」と音楽評論家の喜多尾道冬氏。
 マーラーは生前、作曲家としてより指揮者として著名だった。優れた指揮能力を持ち、プラハやライプチヒなどを経て、ユダヤ人でありながらトップのウィーン宮廷歌劇場の芸術監督に上り詰めた。作曲は指揮活動がない夏休みに集中的に行った。そして「彼は、誰に強いられたり注文されたりしたわけでもなく、自分が書きたいような曲を書いた」とドイツ文学者の許光俊氏。
 特集では2人の作品の解説と名盤、指揮者を紹介している。
 他に、◎ブルックナー交響曲の特質◎チェリビダッケ、朝比奈隆とブルックナー◎◎マーラーのアマチュア性と交響曲◎アルマ・マーラーという女◎バーンスタインとマーラー、などです。

◎東京・春・音楽祭2018
 東京・春・音楽祭2018が3月16日から4月15日まで、東京・上野の東京文化会館を中心に1カ月間にわたり開催された。有料公演約50、無料公演約100という大規模な音楽祭。今年は14回目で、東京の春の風物詩としてすっかり定着した。この音楽祭の目玉、ワーグナーの「ローエングリン」を指揮したライプチヒ歌劇場総監督のウルフ・シルマーは「ワーグナーのオペラから室内楽、リートの演奏会まで幅広いジャンルで回数も多く、ヨーロッパの本格的な音楽祭のよう」と評した。
 もう一つ、音楽祭名物となっているのはマラソン・コンサート。今年は、ヨーロッパ文化史研究家の小宮正安氏が「ロッシーニとその時代~混乱の世を生き抜く知恵と音楽」を企画。午前11時から午後8時まで、5部にわたりコンサートが行われた。来年のオペラは「さまよえるオランダ人」が公演される。

◎宮本文昭の気軽に話そう ゲスト 隠岐彩夏 ソプラノ
 2016年の日本音楽コンクールで第1位を獲得したソプラノ。宗教音楽を演奏する機会が多いという。声楽の道に進んだきっかけがバッハの「マタイ受難曲」で、合唱団で歌った。また、母校、東京芸大の「芸大メサイア」のソリストも務めた。来年1月にはニューヨークに留学する。「この機会にレパートリーを見直したり開拓したりできればいいなと思っています。特にプッチーニのオペラには、自分のものにしたい役があります」と話した。

このほか
◎青島広志の「ブルー・アイランド版音楽辞典」
◎外山雄三の「オーケストラと暮らして60年」
◎小山実稚恵の「ピアノと私」
◎「鍵盤の血脈 井口基成」中丸美繪
など、おもしろい連載、記事が満載です。
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表紙 ブラームス、シューマン、クララ・シューマン

特集
ブラームスを聴き直す

 ドイツ・ロマン派の巨匠ブラームスの生涯と作品を特集で改めて追っている。ブラームスは1833年、ハンブルクに生まれた。父はコントラバス奏者だったが、家は貧しく、ピアノを習ったブラームスは12歳のころから家計を助けるためにレストランなどで演奏をしていた。53年、シューマンとの出会いが運命を大きく変える。友人のヴァイオリニスト、ヨーゼフ・ヨアヒムらの勧めもあり、シューマン宅に赴き、自作のソナタなどを演奏した。すぐに才能を理解したシューマンはペンをとり「新音楽時報」でブラームスを紹介、さらにブライトコプフ・ウント・ヘルテル社に働きかけて楽譜出版の仲介もしている。62年、ウィーンに住まいを移し、大作曲家への道を歩み始める。
 ブラームスは4曲の交響曲、ヴァイオリン協奏曲、2つのピアノ協奏曲、ピアノ・ソナタとヴァイオリン・ソナタは3曲ずつなどを残した。今日までブラームスがオーケストラのレパートリーから外れることはなく、演奏家にとって必須のレパートリーとなっている。ドイツ文学の許光俊氏は「ブラームスはなぜみんなに愛されるのか」と題した原稿の中で「ブラームスの交響曲は変化に富み、さまざまな面を持つ。つまり、いろいろな解釈を受け入れる。ドイツ風の重厚な演奏でも、イタリア風の甘美に歌う演奏でも、あるいはロシア風のパワー感が強い演奏でも、魅力的な音楽として成立する」と魅力を綴っている。
 ブラームスは1972年、ウィーン楽友協会の芸術監督に就任するまでに出世した。オーストリア政府が有望な若手に奨学金を与える制度を作り、その審査員を務めていた。そこへチェコのドヴォルザークが「モラヴィア二重唱曲」で応募した。才能を認めたブラームスはすぐに奨学金の支給を決定、そしてジムロック社で楽譜を出版させた。さらにブラームスは自分の「ハンガリー舞曲集」と同じ民俗舞曲集を作曲することを勧め、ドヴォルザークは「スラヴ舞曲集」で一躍名前を知られることになった。
 音楽評論家の萩谷由喜子氏はブラームスのドヴォルザークに対する行動について「何よりもブラームス自身が無名時代の20歳のとき、シューマン夫妻と出会ってその才能を認められ、シューマンの破格の好意で初出版を実現させてもらい、最大級の賛辞をもってヨーロッパ音楽界に送り出してもらった僥倖を生涯忘れなかったからではないか」と書いている。
 特集は他に、◎ブラームス・プロジェクトを進めるパーヴォ・ヤルヴィ◎ピアニスト、ブラームスとピアノ作品◎クララ・シューマンの実像◎ブラームスの名演奏家、伝説の指揮者◎ブラームスとクラリネット、などです。

◎マンスリー・ベルリン・フィル
 今月は早稲田大学交響楽団のベルリン公演を取り上げている。3月4日、早稲田交響楽団(ワセオケ)はベルリン・フィルの本拠地、ベルリン・フィルハーモニーで公演を行った。ワセオケとベルリン・フィルの接点は1978年にさかのぼる。ヘルベルト・フォン・カラヤン財団が主催した第5回国際青少年オーケストラ大会が開かれ、「春の祭典」を演奏したワセオケが優勝した。プロを目指す並みいるヨーロッパのユース・オーケストラを制した優勝は、話題となった。カラヤンは翌79年、早稲田大学から名誉博士号を授与され、大隈講堂で行われたワセオケの公開リハーサルを指揮している。両者の関係は続き、ワセオケは12回もベルリン・フィルハーモニーのステージに乗っている。

◎宮本文昭の気軽に話そう ゲスト 小澤真智子 ヴァイオリン
 ニューヨークを拠点にクラシックからタンゴまで弾きこなすヴァイオリニスト。タンゴとの出会いは、ニューヨークのジュリアード音楽院でアルゼンチン出身のピアニストに出会ったのがきっかけ。「アルゼンチンへ行くと、いたるところでタンゴが聴こえてきますし、踊っている人もたくさん見かけます。タンゴはこの国そのものなんだなあと実感できますね」と話している。

このほか
◎青島広志の「ブルー・アイランド版音楽辞典」
◎外山雄三の「オーケストラと暮らして60年」
◎小山実稚恵の「ピアノと私」
◎「鍵盤の血脈 井口基成」中丸美繪
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表紙 ワルター、クルレンツィス、グールド、ロンドー

特集
伝統、正統性とは
演奏スタイルの変遷

 果たして演奏スタイル、演奏法に伝統的な演奏や正統的なスタイルといったものがあるのだろうか。また、ドイツ的、フランス的な演奏といわれるが、それはどういったものなのだろうか。これらの疑問を解決するために組んだ特集。
 桐朋学園大学の西原稔教授は「録音で聴く往年の演奏は味がある。しかし、左右の手の拍の音をずらした演奏やポルタメント、自由なテンポ・ルバートは、20世紀後半に入ると古色蒼然とした過去の演奏スタイルとして忌み嫌われた。だがこの往年の演奏は誤りなのであろうか。むしろ、拍を合わせるのではなく、拍をずらすのはバロック時代以来のもっとも正統的な演奏法であり、一糸乱れぬ拍通りの演奏は20世紀まで存在しなかった」と指摘する。
 19世紀、20世紀前半まではロマンティックな演奏で、演奏家は勝手に楽譜を変更して演奏していた。その反動として楽譜に忠実にノイエ・ザッハリヒカイト(新即物主義)な演奏が生まれた。演奏家の時代でもあった20世紀は、トスカニーニ、フルトヴェングラー、カラヤン、バーンスタインらスター指揮者が聴衆を魅了した。
 カラヤンに師事した東京シティ・フィル常任指揮者などを務める高関健は「トスカニーニとフルトヴェングラー、そしてカラヤンはそれぞれそんなに遠いところにはいないのです。実は彼らの基本に、とてもオーソドックスな誰にも文句を言わせない演奏法があるのです。これは新即物主義と共通する部分がありますが、このスタイルで弾かれた演奏を聴いてもあまり面白くないし、個性を感じられません。それに比べると、トスカニーニなど一流の演奏家はもっと違うところで勝負をしています。いい演奏というのは逸脱しており、飛び出しているところがあるのです」と話す。
 演奏家は子供のころから楽譜通りに演奏する訓練を積み重ねる。しかし楽譜に忠実に演奏することが正しいのだろうか。指揮者でもあったマーラーやワーグナーがシューマンやベートーヴェンの楽譜に手を入れている。作曲家の吉松隆は「自分の曲を演奏してもらうとき、おそらく演奏家に一番よく言うのが『楽譜通り弾かないで(弾こうと思わないで)下さい!』というセリフだ。勿論それは、楽譜を無視して弾いていいという意味ではない。楽譜に書いてある音を『正確に均質に安全に弾く』ということにこだわらず、楽譜の向こうにある『音楽』を感じ、それを優先して欲しい。楽譜はそのためのガイドに過ぎない、という意味だ」という。
 21世紀の演奏は多様化している。古楽の発展の影響も大きい。古楽の演奏方をモダン楽器のオーケストラが取り入れることは普通になった。音楽ジャーナリストの寺西肇氏は「作品の時代に特有の語法を踏まえるのは常識に。かたや、古楽の世界で声高に叫ばれた『オーセンティシティ(正統性)』という言葉を、耳にする機会は激減した。垣根は取り払われつつある」とする。
 20世紀から活躍するアファナシエフやポゴレリチ、ギリシャ出身の指揮者クルレンツィス、モルドヴァのヴァイオリニスト、コパチンスカヤ、ピアノのタローやブニアティシヴィリ、チェンバロのロンドーら異能の活躍が21世紀の演奏スタイルをさらに変化させていくに違いない。
 他に、◎トスカニーニ、フルトヴェングラーからカラヤンへ◎ウィーン・フィルの伝統と演奏の変遷◎ショパンの演奏スタイルの変遷◎フランス的な演奏とは何か◎オーケストラの楽器配置の変遷◎国際コンクールと演奏の正統性をめぐって、などです。

◎BIGが語る エリーザベト・レオンスカヤ ピアノ
 ピアノの巨匠エリーザベト・レオンスカヤが4月、東京・春・音楽祭2018で、6夜にわたるシューベルト・チクルスを行う。完成した楽章を持たない第8番、第10番、第12番以外のすべてのソナタを演奏する。レオンスカヤはジョージア出身でモスクワ音楽院に進み、リヒテルの薫陶を受けた。1978年にウィーンに移住。世界の名門オーケストラと共演を重ねてきた。シューベルト・チクルスは2016年、ウィーンで行い、絶賛された。「取り組めば取り組むほど、その先に行きたいという気持ちが湧いてくる作曲家。今の私にとってそれがシューベルトなのです。なぜならシューベルトの作品は本当に多彩で、音楽的、哲学的、文学的な創意にあふれています」と話した。

◎宮本文昭の気軽に話そう ゲスト 安倍圭子 マリンバ
 3月22日に傘寿(80歳)記念の演奏会が開かれる日本を代表するマリンバ奏者の安倍圭子。出演した世界のフェスティバルは60カ所以上、マスタークラスで指導した音楽大学は115校、世界初演した作品は290曲以上など驚異的な記録の持ち主。マリンバのパイオニアとして音楽シーンを開拓してきた。「クラシック音楽の世界で認めてもらえない時期が続きました。第1回目の新作リサイタルやレコードも文化庁(文部省)の芸術祭に応募しましたが、最初は『マリンバは大衆芸能の楽器だから』と断られました。『こんなに素晴らしい現代音楽の作曲家たちが曲を書いていますから』と訴えかけて、ようやく受け入れてもらったほどです」と当時の苦労を話している。

このほか
◎青島広志の「ブルー・アイランド版音楽辞典」
◎外山雄三の「オーケストラと暮らして60年」
◎小山実稚恵の「ピアノと私」
◎「鍵盤の血脈 井口基成」中丸美繪
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表紙 モーツァルト、シュトラウス2世、ドヴォルザーク、クライスラー

特集
クラシック小品の楽しみ

 クラシックの小品と聞いて、どのような作品を思い浮かべるだろう。バッハ「G線上のアリア」や「羊は安らかに草を食み」、モーツァルト「アイネ・クライネ・ナハトムジーク」や「グラン・パルティータ」、シュトラウス・ファミリーのワルツやポルカ、ドヴォルザークの「スラヴ舞曲」や「ユーモレスク」など両手ではとても足らない。
 “ピアノの詩人”ショパンの作品は、ほとんどが小品だ。「別れの曲」「雨だれ」「小犬のワルツ」など多くの傑作がピアニストのレパートリーになっている。ヴァイオリニストで考えると、ウィーンのクライスラーだろう。クライスラーは、はじめ過去の作曲家の名前などで作品を発表したが、後にいずれも自作だと打ち明けている。自分が演奏するために書いた「ウィーン奇想曲」「中国の太鼓」「愛の喜び」「愛の悲しみ」「美しきロスマリン」などなど。1回聴けば、すぐさま虜になってしまう魅力的なメロディーばかりだ。
 少し年配の読者は、アメリカのルロイ・アンダーソンになじみがあるはず。小学校の運動会、給食の時間などさまざまな行事で流された、「そりすべり」「トランペット吹きの休日」「シンコペイテッド・クロック」などがある。
 日本語の歌詞を付け歌われた曲も多い。ドヴォルザークの交響曲第9番「新世界より」の第2楽章の旋律は、「家路」と題された。何人もの詩人たちが歌詞をつけたが、堀内敬三の「遠き山に陽は落ちて」が最も知られている。ちなみに宮澤賢治も作詞している。
 クラシックがもっとも使われるスポーツといえばフィギュアスケート。プッチーニのオペラ「トゥーランドット」より「誰も寝てはならぬ」、「蝶々夫人」より「ある晴れた日に」やレオンカヴァッロ「道化師」より「衣装をつけろ」などは、新川静香、宇野昌磨や高橋大輔らフィギュア選手が使用することで一般にも知られるようになった。
 LP時代からクラシックを聴き続けてきたなら、小品集のアルバムを持っている人も多いだろう。CDは70,80分収録できるが、LPは片面で約20分、SPに至っては約5分しかない。CDならマーラーの交響曲のような大曲もやすやすと録音できるが、LPはそうはいかない。LP時代は小品集がたくさん発売されたが、CD時代になって減っていった。録音メディアの変遷が、小品のはやり廃りに影響している。
 ところで、バッハには管弦楽作品を鍵盤楽器1台で弾けるようにした作品がある。自作だけでなくヴィヴァルディの「調和の霊感」やマルチェッロのオーボエ協奏曲などがある。こうした編曲を音楽評論家の澤谷夏樹氏は「楽団を呼ばずに鍵盤楽器だけでこうした人気曲を気軽に楽しむ。それは、現代人がくつろいだ気分でオーディオを聴くことと軌を一にする」と記した。
 他に、◎小品集はなぜ書かれたのか◎ワーグナーの序曲・前奏曲◎ブラームスのオーケストラ小品の魅力◎オペラのアリアや合唱の名曲◎シューベルトの名歌曲◎名指揮者で小品を聴く、などです。

◎BIGが語る ヘルベルト・ブロムシュテット 指揮
 昨年90歳を超えたマエストロは、今もかくしゃくとしている。昨年11月、名誉指揮者を務めるライプチヒ・ゲヴァントハウス管弦楽団と来日、見事な演奏を聴かせた。ブロムシュテットはスウェーデン人。ストックホルムなどで学び、バーンスタインにも師事した。ドレスデン・シュターツカペレ、サンフランシスコ交響楽団、北ドイツ放送響などのシェフを務めた。NHK交響楽団にもたびたび来演、名誉指揮者を務めている。
 健康の秘訣を問われ、「健康の秘訣はありません。健康は神様からの贈り物です。音楽家はたくさん勉強しなければなりませんから、休みなしでハードワークを続ける人が多いのです。自分の体を大切に扱い、やりすぎないことです」と語っている。

◎宮本文昭の気軽に話そう ゲスト 金子三勇士 ピアノ
 ハンガリー人の母と日本人の父の間に生まれ、2つの祖国を持つピアニスト。6歳で単身ハンガリーに渡り、バルトーク音楽小学校、リスト音楽院大学などで勉強した。子供の頃住んでいたハンガリーの山奥の別荘地にはトロッコ列車が走っていた。何度も乗りに行ったら、運転士さんたちにかわいがられるようになった。なんと14歳のときにはディーゼル車の運転免許を取得。休日には趣味とアルバイトを予てトロッコ列車を運転していた、という驚くべきエピソードを語っている。本題のコンサートは、ハンガリー時代の同級生だったクラリネットのコハーン・イシュトヴァーンと日本で再会。これも奇縁。2月3日に東京文化会館で演奏会が行われる。

このほか
◎青島広志の「ブルー・アイランド版音楽辞典」
◎外山雄三の「オーケストラと暮らして60年」
◎小山実稚恵の「ピアノと私」
◎「鍵盤の血脈 井口基成」中丸美繪
など、おもしろい連載、記事が満載です。
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表紙 バッハ、ヘンデル、ヴィヴァルディ、モンテヴェルディ

特集
バッハとバロック音楽

 2017年はルターの宗教改革から500年の記念の年だった。バッハが生まれたアイゼナッハは、ルターが新訳聖書をドイツ語に訳したヴァルトブルク城の城下町。それゆえバッハ一族は、ルター派の音楽家として活躍した。「バッハの音楽の最も重要な土台はルター派の賛美歌である。賛美歌の旋律はオルガンのためのコラール前奏曲やコラール変奏曲、さらに教会カンタータに取り入れられ、この時代のプロテスタント、ルター派の音楽文化を形成した」(西原稔・桐朋学園大教授)。
 バッハは1723年、38歳のとき、ライプチヒの聖トーマス教会のカントール(楽長)に就任した。バッハの日常は、賛美歌のオルガンでの伴奏、合唱団の指揮、教会付属学校の教師などとても忙しかった。「日曜日の礼拝が終わるとその夜から次週上演するカンタータの作曲に取りかかり、作曲を終えるとパートごとに写譜をし、練習、リハーサル、本番と積み上げる。(トーマス学校の)学生の3分の1は寄宿生だったので、週に4日の音楽の稽古に加えて、生活面の指導もしなければならなかった」(音楽評論家の加藤浩子氏)
 多忙な日常の中から、「マタイ受難曲」や「ヨハネ受難曲」、「ブランデンブルク管弦楽曲」、「平均律クラヴィーア曲集」、「無伴奏ヴァイオリンのためのソナタとパルティータ」など傑作の数々が生まれた。
 ドイツ・バロックの作曲家で、バッハと同じ1685年、ドイツ・ハレに生まれたヘンデルは、バッハとは大きく異なる道を歩んだ。イギリスに渡り、オペラ作曲家として有名になり、オペラが飽きられてくるとオラトリオで人気を博した。「ハレルヤ・コーラス」で知られるオラトリオ「メサイア」、アリア「オンブラ・マイ・フ」が歌われてきたオペラ「セルセ」などを残した。また、管弦楽曲と声楽作品の割合は1対9と、圧倒的に声楽作品が多い。しかし、舟遊びのイベントのために作曲された「水上の音楽」や、「王宮の花火の音楽」は今日でもよく演奏される。
 バッハたちより時代を100年以上さかのぼる、イタリア・バロックの巨匠といえばモンテヴェルディ。オペラ最初期の作品「オルフェオ」は1607年、マントヴァ公の依頼で作曲され謝肉祭の祝祭で初演された。近代オペラの様式を作り上げた傑作。モンテヴェルディはヴェネツィアの聖マルコ大聖堂の楽長を76歳で亡くなるまで30年勤めあげた。
 また、フランス・バロックのリュリやラモー、フランス・バロックを生んだヴェルサイユ宮殿なども取り上げている。
 他に、◎ヴィヴァルディ「四季」名盤聴き比べ◎バロック音楽の演奏の変遷◎バロック時代の楽器たち◎いま注目のバロック音楽の演奏家◎音楽と水の都ヴェネツィア、などです。

◎2017年回顧ベスト・コンサート、ベストCD&DVD
 コンサートとCD&DVDの2つに分けて2017年を回顧した。それぞれ異なる評論家ら計20人に5公演、5点をあげてもらっている。公演の数や、発売されるCDも多いため、みなが一致して1位に推すというものは少ない。公演では、ラトル指揮ベルリン・フィル、読売日本交響楽団の「アッシジの聖フランチェスコ」、バイエルン州立歌劇場「タンホイザー」などが複数上げられていた。CD&DVDになるとさらにばらける。プレスラーが演奏するモ-ツァルトのピアノ・ソナタ第13,14番、ディアナ・ダムラウのマイヤーベーア「オペラ・アリア集」、ヤニック・ネゼ=セガンのメンデルスゾーン「交響曲全集」、小山実稚恵「ゴルトベルク変奏曲」などが登場している。

◎2018年注目の来日演奏家
 オーケストラ・指揮者、ピアニスト、ヴァイオリニスト・チェリスト、弦楽四重奏・室内楽、オペラ・声楽の5つの分野で来年注目の来日アーティストを取り上げた。オーケストラ・指揮者を見ると、今秋、ベルリン・フィルの芸術監督としては“最後”の来日公演を行ったラトルは、2018年9月には新たな手兵ロンドン交響楽団と来日する。ズヴェーデン指揮ニューヨーク・フィル、ヤンソンス指揮バイエルン放送響、ハーディング指揮パリ管、ウェルザー=メスト指揮クリ-ヴランド管、メストはウィーン・フィルでもタクトをとるなど、来年も著名なオーケストラが次々と来日する。

◎宮本文昭の気軽に話そう ゲスト 加藤訓子 打楽器奏者
 日本とアメリカを拠点に活動する打楽器奏者、加藤訓子(くにこ)。1、2月、愛知と埼玉においてダンスの平山素子とスティーヴ・ライヒの「ドラミング」で共演する。ライヒはミニマル・ミュージックの創始者。「ドラミング」は、アフリカに行って現地の音楽に刺激を受けて書かれたという。本来は13人で演奏するが、今回は多重録音を使い加藤1人で演奏する。「ライヒの曲は音がどんどん変化していく様子が面白いけれど、ダンスのように動きがあるものが一緒ですと、さらに楽しめます」と話している。

このほか
◎青島広志の「ブルー・アイランド版音楽辞典」
◎外山雄三の「オーケストラと暮らして60年」
◎小山実稚恵の「ピアノと私」
◎「鍵盤の血脈 井口基成」中丸美繪
など、おもしろい連載、記事が満載です。
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表紙 ベートーヴェン

特集
ベートーヴェンが成し遂げたこと

 9曲の交響曲、ピアノ・ソナタ32曲、弦楽四重奏曲16曲…オペラを除く音楽の分野でベートーヴェンは後世の規範であり続けた。後の作曲家は否応なくベートーヴェンを意識せざるを得なかった。
 ピアノ・ソナタ第23番について桐朋学園大の西原稔教授は「提示部と展開部、再現部の3つの部分が連続した新しいソナタ形式が生まれる。この試みも伝統にタイする変革であり、破壊であり、新しい秩序の誕生である」と記す。また、大阪音楽大学の中村孝義名誉教授は「弦楽四重奏曲というジャンルになると、ベートーヴェンがなした業績は、彼以前のものはもとより、彼以後のどの作曲家のものも、遂にこれを超えることはできなかったと断言しても決して間違いではない」と綴っている。
 特集ではジャンルごとにベートーヴェンの作品を紹介している。「運命」の呼称で知られる交響曲第5番。音楽評論家の許光俊氏は「私は、ベートーヴェンが本当にオリジナルな交響曲を書いたのは、第5番が初めてだったのではないかと思う」という。ところで、冒頭の4つの音について、ベートーヴェンは弟子のシンドラーに「運命はこのように扉を叩く」と話した、ということから「運命」と名付けられたが、近年はこの逸話の信憑性に疑問がつき、次第に使われなくなっている。
 ベートーヴェンが生きた時代は、ピアノ(フォルテピアノ)の開発、発展が急速に進んだ。ヨーロッパ各地のピアノ製造者によって、音域が拡大され、新たなアイデアが盛り込まれたピアノが日進月歩で開発され、大作曲家ベートーヴェンの元に持ち込まれた。シュタイン、ヴァルター、シュトライヒャー、エラール、ブロードウッドなどと音色も機構も違うさまざまピアノを使い、時代によって異なるピアノで作曲されている。
 フランスのピアノ、エラールで作曲した代表作はソナタ第21番「ワルトシュタイン」や第23番「熱情」。イギリス式(突き上げ式)アクションを持つピアノで、タッチが重く力強い音が出る。しかし、「熱情」のあと5年ほど、ピアノ作品の作曲から遠ざかってしまう。「新たなピアノ曲の作曲に向かうには新たなピアノが必要になった」と音楽評論家の高久暁氏。そして、続いてはュトライヒャーのピアノが作曲の伴侶となった。
 他に、◎ヴァイオリン・ソナタ、チェロ・ソナタ◎革命家ベートーヴェンを象徴する第九◎ベートーヴェン弾きの系譜◎ロシアのベートーヴェン受容◎新国立劇場で「フィデリオ」を演出するカタリーナ・ワーグナー◎楽聖伝説の背景にあるもの、などです。

◎宮本文昭の気軽に話そう ゲスト 彌勒忠史 カウンターテナー
 近年、バロック・オペラの上演が増え、カウンターテナーという声種が注目されている。バロック時代は女性が舞台に立てなかったため、高い声のカストラートが歌っていた。現代のカウンターテナーはその声部を歌う。「女声のメゾ・ソプラノに相当し、モンテヴェルディなど初期バロック音楽ですとソプラノ、バッハのような後期バロックではアルトのパートを歌う」と彌勒。小学生のころ、ジャズやファンクを聴き、アース・ウィンド&ファイアーのようにファルセットで歌う歌手がいたので、裏声で歌うのは普通のことだった、と語る。

◎連載 CDを超えるハイレゾの革命児MQA
 CDではなくハイレゾの音源をダウンロードしてクラシックを聴いている人が増えている。従来のハイレゾ方式であるリニアPCMとは全く違うMQAという音響技術が注目されている。オーディオと音楽評論の麻倉怜士さんによるこの連載が先月から始まった。今回は、MQAはニューロサイエンス(神経工学)の研究から誕生したことを書いている。人間が音を認識する時間間隔、時間軸解像度というものがある。開発者のボブ・スチュワート氏によると、これまでの5倍細かい解像度を持つことが分かった。人間に耳の感度に近づける研究を進めて開発されたのがMQAだ。

このほか
◎青島広志の「ブルー・アイランド版音楽辞典」
◎外山雄三の「オーケストラと暮らして60年」
◎小山実稚恵の「ピアノと私」
◎「鍵盤の血脈 井口基成」中丸美繪
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商品情報・内容

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「MOSTLY CLASSIC」(モーストリー・クラシック)は毎月20日発売の月刊音楽情報誌です。バッハやモーツァルト、ベートーヴェン、ブラームスなど作曲家の魅力をはじめ、交響曲や協奏曲、ピアノ曲など音楽のジャンル、また世界各地のオーケストラやホール、ヴァイオリンやピアノなどバラエティーに富んだテーマを毎号特集しています。またピアニスト、小山実稚恵さんや小菅優さんの連載など読み物もたくさん。ソリストの活動やオーケストラ事情など毎月新鮮な情報を掲載しています。知識が少し増えるとクラシックを聴く楽しみが倍加します。コアなファンからクラシックは少し敷居が高いと思われている初心者まで誰でも楽しめる雑誌です。

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■ 176号 (2011年11月20日発売)

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